第3章 ブリテン東インド会社

この章の目次

商業資本の世界市場運動としてのBEIC

1 特許会社とヨーロッパ諸国民の通商戦争

ⅰ 冒険航海事業の創設と初期の航海事業

ⅱ 恒常的経営組織への転換

ⅲ アジア貿易をめぐる西欧諸国民の闘争

2 インド亜大陸の統治構造と社会

3 BEICの通商拠点建設と商業権益の獲得

ⅰ マドラース、ボンベイ、カルカッタの獲得

ⅱ アジア域内貿易とイングランド商人

ⅲ 綿織物貿易とカーナティク

商業資本の世界市場運動としての東インド会社

  この章では、商業資本の世界市場運動 Weltmarktbewegung des Handelskapital のひとつの形態としてイングランド東インド会社を考察する。17世紀から19世紀までは、商業資本が中核地域での資本蓄積の最も支配的かつ主要な形態であった。そして、この時代の最有力の商業資本は、特定の国家の中央政府から貿易独占の特許状を与えられ、政治的・軍事的権能を保有し国家の利益の代表者として遠距離貿易=世界貿易を担っていた。したがって、世界貿易に従事する特許会社は、国境を超えて海外で活動する国家装置としての側面を持っていた。とはいえ、国家の中央政府は本国を遠く離れて活動する組織に対して有効に統制をおよぼす手段を持ち合わせていなかった。この点については、第1編で考察した。

  イングランドの東インド会社は、1599年12月31日に女王エリザベスによって付与された特許状に基づいて翌年設立された投資家の共同事業組織で、東インドへの貿易に従事するロンドン商人の会社 the Company of Merchants of London Trading into the East India として設立された。栄光東インド会社 the Honourable East India Company という呼称もある。それは、はじめは投資募集によって事業資金を確保して貿易航海事業を企図する冒険的貿易商人組合として誕生した。
  ここでは、略称を用いるときには BEIC(ブリテン東インド会社 the British East India Company の略称)と表記する。
  この貿易と航海を主要な目的にした事業団体は、やがて永続的な資本金と経営組織をもち、王権国家との強い結びつきを保ちながら、恒常的な世界貿易を経営する企業に成長することになった。同時に、インドで軍事的・政治的組織として統治権力を拡大し、ついにはインド亜大陸 Indian subcontinent 全体の植民地支配を担う国境を超えた国家装置としての構造を備えるまでになった。ここでは、その数奇な運命を、イングランド商業資本が世界経済でヘゲモニーを掌握するにいたる歴史の主要かつ特殊な一断面として分析する。
  すでに第1編で述べたように、この時代(17世紀から19世紀半ばまで)の遠距離商業活動ないし世界貿易は、すぐれて政治的・軍事的活動を内包する事業だった。というのも、それは一方では、イングランド王室から特許状を付与された特権的な身分団体としての商人集団の活動であって、身分秩序と絡み合いながら王室の権威を対外的に代表する特権であったからだ。しかも、各地の支配者や君侯との交渉や駆け引き、さらには戦争や軍事的威嚇をともなう活動であるとともに、課税・徴税や裁判などの統治行為を含む、すぐれて政治的な事業であった。
  また遠距離商業=世界貿易は他方で、通商路が各地の権力者の支配圏域を横切ることから武力紛争に巻き込まれる危険が大きく、あるいは私掠活動が通常の商業の不可欠の一環をなしていたため、武装艦船による航海あるいは護衛兵を引き連れた旅行となり、これまたすぐれて軍事的要因を内在させた活動であった。   ことに特許会社 chartered company は、諸国民のあいだの通商戦争 Handelskrieg を戦い抜くための装置だった。ゆえに、それは単なる経済的組織ではない。言い換えれば「単なる貿易会社」「商業専門の団体」と見なすわけにはいかない。したがって、ブリテン東インド会社もまた、その発足当初からすぐれて政治的・軍事的な組織にほかならなかったことに留意しなければならない。
  そして、この時代には「東インド貿易の独占」とは言っても、なにしろ通常の通商活動の一環として私掠=海賊行為がまかりとおり、中央政府はそれを正規の海軍の活動の一部として王国海軍に編合するともに、特許状を与えて私掠船の海賊行為を奨励・支援し、賦課金や課税、利益分配などをつうじてその掠奪財貨の上前をはねていたのだ。王権は商業資本の利害の担い手として利潤の分配に参加していたのだ。
  とはいえ他方、王権の直属組織は貧弱で、商業会計の手法も有効な課税装置も持ち合わせていなかった。個々の商人やその活動、所得や資産状態については計数的(会計的)に把握することができなかったから、当然のことながら、まれに事後的に政府の検査が入ることがあっても、課税や徴税は特権団体の任意が基本だった。まして遠隔地での商人たちの活動については、そもそも情報が本国にすみやかに到達することがなかったがゆえに、そもそも現地での東インド会社の活動を有効に統制する手段はなかった。
  王権は東インド会社に貿易独占の特許状を特殊な商人団体=会社に与えて通商の業務を完全に委託し、会社は現地での個々の取引きについては従業員や免許を与えた私的商人にこれまた全面的に業務を委託するという関係が成立していた。それでも、こうして実行されている夥しい数の多種多様な取引きの総体が名目上は東インド会社の通商活動なのであり、それゆえまた王室の通商活動を構成していたのだ。
  というわけで、今日のような意味で「経済的なもの」と「政治的なもの」「軍事的なもの」、「公的なもの」と「私的なもの」との区分が当然成り立つという先入観は、はじめから捨ててかからなければならない。
  東インド会社は、海外市場で自国出身の商人たちを国民的ブロックに政治的に組織化し、ライヴァル諸国の商業資本ブロックと対抗・競争しながら、自国に有利な環境条件をつくり出そうとする運動形態、運動組織だった。こうして世界市場は、ヨーロッパ諸国民商業資本が政治的・軍事的・経済的に対抗するフィールドにほかならなかった――もちろん、進出先で現地の政治体や住民との政治的・軍事的対抗も含まれているのだが。

  ところで、東インド会社の歴史を跡づけることは、世界市場における中核地域の諸国民のあいだの資本蓄積をめぐる競争や闘争、中核地域とヨーロッパ世界市場、さらにはヨーロッパ(世界システム)外部の外周縁地域との関係の歴史的変動を考察することになる。
  私たちはここでの研究をつうじて、商業資本の運動が非ないし前資本主義的生産様式が支配的なヨーロッパ外部の世界に進出して、そこでの略奪や抑圧、課税などの形態をつうじて剰余価値の生産・領有を中核に自国民の経済的再生産に結びつけ、統合ないし包摂していく過程を歴史的に分析することになる。それはまた、中核ヨーロッパの諸国家体系にアジアの諸地域が連結され、資本の再生産体系に組み込まれていくメカニズムを認識することにもなるだろう。
  そのさい、ここで言うインドとはインド亜大陸という地理的範囲にある多様な――域内に深刻な対立や分裂を内包する――社会単位の集合体を意味するだけで、「ひとつのまとまった社会システム」をなしているわけではない。むしろ、ブリテンの植民地支配が「偶然の連鎖の結果」として、やがて20世紀にインドやパキスタンという単位の諸国家・諸国民を形成する条件をもたらしたと見るべきだろう。

国民ネイションとしての心性と行動スタイル◆

  ここでは、17世紀から19世紀までの時期、ブリテン国家と東インド会社を例にとって、ヨーロッパの商業資本の世界市場運動が、国家という制度=事象をつうじて、国民的形態で組織化されていく過程を分析することが課題となる。東インド会社は、世界市場で運動するブリテン商業資本の担い手たちを国民として政治的に組織化し統合する装置をなしていた。
  たとえば18世紀の東南アジアでブリテン東インド会社の社員となっていた商人たちは、互いに競い合い出し抜き合いながらも、自らをブリテン王国の国民としての同胞意識、同郷意識を抱き、ネーデルラント人に対抗意識を共有するようになっていた。世界市場競争の担い手たちが、競争相手との対抗関係のなかで、自らを同一の国民として意識し、集団的なアイデンティティないし帰属意識を共有し、集団として競争相手よりも優位に立とうとする独特の行動スタイルを取るのはどのような歴史的な条件によってなのか。どのような経験を経てそうなったのか。
  ある住民集団が自らを「国民」として意識し、特定の国家への帰属意識を共有すること、国民的な同胞意識を持つことは、近代に特有の特殊な社会現象なのだ。
  身近な経験から考えてみよう。 オリンピックやワールドカップで自国ティームを熱狂的に応援し、ライヴァル国ティームに対して対抗意識を持つのは、今やごく普通のことだ。だが、私は、そういう国民的心性が一般民衆の意識や心理としてごく普通のことになったのは、なぜ、いかにしてなのかを解明しようとしているのだ。そして、民衆が自らを国民として意識するようになったのは、長い人類史のなかで特殊なもので、最近の数百年間のことにすぎない。
  以上のような問題関心が、ここでの研究の基層に横たわっていることを付言しておく。

ペイジトップ | 次のペイジに進む |

世界経済における資本と国家、そして都市

第2篇
 商業資本の世界市場運動と国民国家

◆全体目次 章と節◆

第1章
 17世紀末から19世紀までの世界経済

第2章
 世界経済とイングランド国民国家

第3章
 ブリテン東インド会社