知のネットワークをめざして

構造論的国家論について



生産様式と社会構成体

◆国境を超える社会的分業と生産関係◆

  ところで、世界経済という文脈において国家を把握する方法に関して、プーランツァスは論文集 Classes in Contemporary Capitalism のなかで、多国籍企業・世界企業という形態での直接的生産過程と労働過程の国際化と階級関係ならびに国民国家の連関の問題を考察している――残念ながら課題と問題提起だけで答えは提示されていないが。
  多国籍企業や世界企業が単一の経営戦略のもとで生産過程を世界的規模で組織化し、労働過程の社会化をも世界的規模でもたらしているという現実は、生産過程を国民的規模で(一国の内部で)完結しているかのように想定してきた方法や資本主義観を突き崩してしまったのだ。
  しかし、国境制度がなかった中世晩期からこの方、商業資本が支配統制する生産過程は地方的制限――やがてのちには国境――をはるかに超えて組織化されてきたのだ。社会的分業も階級構造も世界市場的規模で形成されてきたのだ。国境や国籍、関税障壁、産業政策、中央銀行などによって経済活動がナショナルに組織され統制されるようになるのは、はるはのちに国民国家が成立してからだったのだ。つまり、世界分業や世界貿易、世界金融が歴史的にも論理的にも、国民経済よりも前に存在しているのだ。
  私は、たとえば中世晩期からの毛織物生産と世界貿易を例にとって、ヨーロッパ的規模で生産過程と分業体系が編成されてきたことを論証した。その時代には「国境制度」なるものはなかった。だから、エスパーニャやイングランドで原毛が生産され、素材として精製され、材料織布にまで加工され、海を越えて対岸のフランデルン(場合によっては北イタリア)に搬送され、染色や縮絨工程を経て、デザインされた完成品=衣料品となる一連の過程、さらに製品の流通・販売過程はバルト海地方をふくめて全ヨーロッパにおよんでいた。毛織物産業の再生産過程はまさにヨーロッパ的規模で、生産過程と流通過程が組織されていたのだ。これら一連の過程をつうじて、剰余価値の決定的かつ最大の部分は世界貿易を組織化している商業資本の権力によって領有されていた。
  このような汎ヨーロッパ的な世界分業、すなわち、ヨーロッパのあれこれの地方の牧羊場や移動牧畜からはじまって、各地の工房やマニュファクチャー、農村副業の小さな作業場を連結した重層的で複合的な過程とこれらを上から支配する遠距離商人とその配下の卸売商人の権力作用が、すなわち中世晩期の資本主義的生産様式だったのだ。
  やがて、貿易商人が支配する生産過程は近代18世紀には、ことに造船業や綿工業で機械制大工業経営様式に組み換えられていく。
  つまり、資本主義的生産様式の内容と形態は歴史的に変化してくのだ。
  マルクスは『資本』の「相対的剰余価値の生産」の部分で、綿糸や織布などを生産する手工業や家内工業、マニュファクチャーを資本主義的生産様式に属する経営様式としてあつかい、それらを機械経営ないし大工業経営の再生産体系に包摂され従属させられた生産形態として説明している。

◆生産様式と階級構造◆

  ところが、プーランツァスは「社会構成体の内部」においてだが、近代になっても資本主義的生産様式に支配される多様な生産様式が存続並存することを指摘している。そして、資本家階級と賃労働者階級(2大階級)以外の諸階級、たとえば小規模農民やら街のパン工房やらのプティブルジョワジーをいまだ残存する古い生産様式に照応した階級としてあつかっている。小農民や地主階級についても、同じようにあつかっている。
  しかし、マルクスは『資本』のなかで貴族層も含めた地主階級を資本主義的生産様式に照応した経済的階級としてあつかい、利潤すなわち剰余価値の分配形態として、企業家利得、利子、地代へと分割されていく経緯を分析し描き出している。『資本』の第3巻では東インドの貿易商やブリテン人(ブリテン人不在地主の現地管理人)たちからロンドンへの国際送金に再三言及し、これもまた世界金融装置をつうじての剰余価値の国境を超えた分配と移転の問題――世界市場的連関 Weltmarktzusammenhang ――として分析している。そして、そのような国境を超えた資金循環・金融循環が大工業制が再優位を占める資本蓄積を支えている仕組みに注視するように読者に求めている。
  こうして、資本主義において《資本=賃労働》の階級関係からだけ国家を説明すること方法には、大きな限界がある。

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