序章 世界経済のなかの資本と国家という視点
この章の目次
多様な生産様式の複合的並存をめぐる1960年代の論争は、フランスとイタリアの人類学者や社会学者が中心となって、いまでは見る影もない「史的唯物論」の呪物崇拝に鋭い疑問をつきつけるものだった。
この論争は「横倒しの歴史観」といわれる視角を生み出した。「原始共同体⇒奴隷制⇒封建制(農奴制)⇒資本制」という「歴史発展図式」の先入観を掘り崩し、発展主義的な歴史観、「歴史の進歩」への盲目的信仰に深刻な反省を迫った。
進歩史観の墓掘り人となり、一国史観の副産物である「社会構成体」というわけのわからない用語に墓場を用意したのも、この論争である。この論争のあらすじを描いてみよう。
資本主義的生産様式が支配的な現代世界のなかでは、多様な生産様式が複合的に結びつき合いながら再生産されている。
植民地支配によってヨーロッパに従属していたアジア・アフリカ地域は、政治的独立を達成したといっても、経済的再生産のあり方は中核地域の資本蓄積によって直接に束縛されている。多くの場合、資本の支配――ヨーロッパやアメリカ企業の権力――こそが、「古い」生産様式の固定化の原因になっている。
現代世界での多様な生産様式と資本主義的生産様式との接合関係は世界的規模で存在し、国境つまり国家としてのまとまりを超えた構造をもっている。現代世界は多様な生産様式の複合状態なのである。
とすれば、過去の歴史的社会も多様な生産様式ないし生産形態の複合的な並存状態として、また一国的視野を超えて認識すべきだ、という見方が提起されていった。
こうした見方は、近代国民国家を一国的規模で、しかも資本主義的生産様式(それに対応する階級関係と社会システム)だけにもとづいて説明するそれまでの方法に深刻な批判、痛烈な打撃を与えた。
たとえば古代については、実証的研究が進むと、「奴隷制生産様式」というものが古代社会構造を決定するほど支配的な生産様式ではなかった――奴隷制という労働形態による生産活動はきわめて狭い分野だけに限られていた――こと、そもそも奴隷制という労働形態をもって生産様式と見なすこと自体が疑わしいことが判明した。
中世についても「封建的生産様式」と呼ぶべき生産形態の存在は論証されていない。「所領農園において領主による農民への経済外的強制をつうじての搾取」が本格化するのは、商業資本が支配する遠距離貿易が発達してからのことで、それは利潤=剰余価値の獲得を目的とするものだった。そして、所領農園は中世の農業生産活動の一部分にすぎなかったことも実証されている。
いずれの場合にも、社会総体の生産活動は、多様な生産様式の複合的並存のなかでおこなわれていたことが実証されてきている。そして、支配的な生産様式の変換にともなって社会全体が構造転換するという「社会革命」史観は、ほぼ全面的に破綻している。
近代ヨーロッパの資本主義的生産においても、身分秩序が労働支配や労働管理の重要な形態となることが確認されている。そこで課題となっているのは、「経済外的強制」の要素を含む労働支配の形態を資本主義的生産の内部の要素と見なすか、それとも別の「生産様式」と見なすかということになってきている。
さらに、これに続く世界システム論争では、「生産様式」をめぐる理解の仕方が再度問題として取り上げられることになった。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
◆全体目次 章と節◆
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3節
西ヨーロッパの都市形成と領主制
第4節
バルト海貿易とハンザ都市同盟
第5節
商業経営の洗練と商人の都市支配
第6節
ドイツの政治的分裂と諸都市
第7節
世界貿易、世界都市と政治秩序の変動
補章-3
ヨーロッパの地政学的構造
――中世から近代初頭
補章-4
ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成
第1節
ブリュージュの勃興と戦乱
第2節
アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗
第3節
ネーデルラントの商業資本と国家
――経済的・政治的凝集とヘゲモニー
第4章
イベリアの諸王朝と国家形成の挫折
第5章
イングランド国民国家の形成
第6章
フランスの王権と国家形成
第7章
スウェーデンの奇妙な王権国家の形成
第8章
中間総括と展望