序章 世界経済のなかの資本と国家という視点

この章の目次

はじめに

1 資本の概念体系について

ⅰ 経済学批判要綱のプラン

ⅱ 度外視された問題群

2 生産様式と諸国家体系をめぐる論争

ⅰ マルクスの本源的蓄積論

ⅱ ローザ・ルクセンブルクの問題提起

ⅲ 生産様式論争

ⅳ 従属論争と新従属論争

ⅴ 構造的暴力と不平等交換

ⅵ 国家導出論争

3 世界システムとしての資本主義

4 「資本の支配」の歴史区分

ⅰ 資本主義はいつ始まったか

ⅱ 資本主義の時期区分

ⅲ 世界経済の長期波動

ⅳ グローバル化のなかの国家

5 世界経済のなかの資本と国家、そして都市

4  「資本の支配」の歴史的区分について

  以上に見てきた論争史には「資本主義の歴史」についての考え方の転換が含まれている。「資本主義の歴史」をめぐる問題群もとほうもなく複雑に絡み合っている。
  ここでは問題群のうち、このあとの考察の前提を明らかにするうえで必要な限りで取り上げ、整理しておく。

ⅰ 資本主義はいつ始まったか

  資本主義はいつ始まったか――この質問への答えは、「資本主義とは何か」ということについての理解の仕方に応じて異なる。だから、まず資本主義をどのように理解するかを検討してみよう。
  F. ブローデルは、13世紀以降のヨーロッパで王権や領主権などと結びついて独占的特権の鎧をまといながら世界市場を支配する巨大商人や金融業者の権力を資本主義と呼んでいる。
  彼らは、局地的な制限を超えた視野をもって広域的な交易、遠距離貿易を組織化し、貨物の輸送・集積・保管などの業務を掌握し、大量の物流にともなう資金の循環と配分を取り仕切り、各地の諸産業の動向についての情報を誰よりも早く収集する独自の通信手段を備えた特権的集団である。
  このような有力な商業資本の権力の砦は都市である。ヨーロッパ各地の諸都市は、世界貿易で最優位に立つ中心都市を頂点としたピラミッド型の権力ネットワークをなす。
  こうした構造は、11世紀から出現し始め、その動きは17世紀まで続く。
  だが、諸都市はやがて国家という制度に吸収され、世界貿易の権力ネットワークは多数の近代主権国家を中核とする権力システムに置き換えられていく〔cf. Braudel〕
  その場合、ブローデルは資本主義というものを〈総体としての社会システム〉を表す用語としてではなく、社会システム全体を支配し方向づける特殊な権力システム、支配装置として意味づけている。したがって、この意味での資本主義は、多少とも広域的な交易網とその集結点としての都市の成立とともに出現したということになる。
  この見方によれば、11世紀頃に生成が始まり13、14世紀にほぼ形づくられた都市とヨーロッパ貿易世界の成立が資本主義の出現の画期となろう。

  ウォラーステインは、単一の社会システムとしてのヨーロッパ世界経済が形成された14世紀から17世紀にいたる「長期の16世紀」に、資本主義的生産様式の成立を見ている。
  彼によれば、資本主義的生産様式とは、近代世界システム総体の歴史的構造を表現する用語である。それゆえ、世界市場での商品交換をつうじて利潤を獲得しようとする経営は、その基礎となっている労働形態が農奴制であろうと、奴隷制であろうと、賃労働制であろうと「資本主義的」である。
  それゆえ資本蓄積の担い手は、王権や領主階級であることもあれば、遠距離貿易商人であることもあった。正確に言えば、商業資本の遠距離貿易ネットワークに組み込まれた所領経営では、商品交換のための農業生産が組織され、商業資本の蓄積が支配する再生産体系に取り込まれていたのだ〔cf. Wallerstein01〕

  ウォラーステインは「世界システム」に関する最初の著作で、世界市場(遠隔地市場)に向けた換金農産物生産をおこなう領主層の直営農場を資本主義的企業経営――資本主義的農業 capitalist agriculture ――であると指摘している。
  このような農場経営は、南イングランドから北フランスにかけての地域で13世紀に出現し普及した。大きな所領を保有する有力貴族層が経営した三圃制農場で、小麦などの穀物を生産するようになったのだ。そのために、小作農民たちの共同耕作地を囲い込み直営地に組み込み、彼らに直営地での賦役労働を強制するようになった。遠距離商人層によってヨーロッパ世界貿易が組織されていく状況――商業資本の世界市場運動――に対応した動きだった。
  小作農民現物地代や貨幣地代から賦役地代への「後戻り」の動きで、かつて多くのマルクス派から「封建反動」とか「領主反動」と評価された傾向だ。しかし、商業資本の蓄積と権力拡大に照応した動きだった。⇒関連記事

  このような見解に立てば、イングランドやフランスの絶対王政は資本主義的世界経済の形成に対応した――資本主義的世界経済の内部に存在する――政治体(国家形態)であって、「市民革命 bourgeois-revolution 」は、すでに資本主義化した世界経済のなかでのローカルな政治的・社会的秩序および文化構造の変革でしかないということになる。

  そうだとすれば、ネーデルラントの独立闘争も市民革命のカテゴリーに属すのだろうか。
  イングランドとフランスでは、世界市場での経済的・政治的・軍事的な競争のために限界があらわになった絶対王政を組み換えて、より適合的な統治体制と国民的秩序をつくりだす変革運動の1つの形態が市民革命なのであった。しかし、この2つの革命が位置していた世界市場的文脈はかなり違っていたため、非常に異なった展開形態となった。
  市民革命以外の形態としては、19世紀のドイツやスウェーデン、日本のように特殊な君主政がこうした変革の担い手となる場合もある。
  私たちは、ひとまずウォラーステインの枠組みにしたがって、世界システムとしての資本主義の始まりの歴史を理解しておく。ブローデルのいう資本主義は、資本主義の「支配装置」「権力装置」を意味するものと解釈しておく。

  いずれにしても、世界市場と諸国家体系の形成には《商業資本の支配》が決定的要素として結びついているのだから、私たちの考察は、中世ヨーロッパでの商業資本の蓄積、商業資本の権力の砦としての都市の成り立ちから始めなければならない。
  そのさい時期区分としての「中世晩期」とは13~14世紀に当たり、「近代初期」は14世紀後半ないし15世紀はじめに始まるものと仮定しておく。

 前のペイジに戻る | ペイジトップ | 次のペイジに進む

世界経済における資本と国家、そして都市

第1篇
 ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市

◆全体目次 章と節◆

序章
 世界経済のなかの資本と国家という視点

第1章
 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現

補章-1
 ヨーロッパの農村、都市と生態系
 ――中世中期から晩期

補章-2
 ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
 ――中世から近代

第2章
 商業資本=都市の成長と支配秩序

第1節
 地中海貿易圏でのヴェネツィアの興隆

第2節
 地中海世界貿易とイタリア都市国家群

第3節
 西ヨーロッパの都市形成と領主制

第4節
 バルト海貿易とハンザ都市同盟

第5節
 商業経営の洗練と商人の都市支配

第6節
 ドイツの政治的分裂と諸都市

第7節
 世界貿易、世界都市と政治秩序の変動

補章-3
 ヨーロッパの地政学的構造
 ――中世から近代初頭

補章-4
 ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座

第3章
 都市と国家のはざまで
 ――ネーデルラント諸都市と国家形成

第1節
 ブルッヘ(ブリュージュ)の勃興と戦乱

第2節
 アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗

第3節
 ネーデルラントの商業資本と国家
 ――経済的・政治的凝集とヘゲモニー

第4章
 イベリアの諸王朝と国家形成の挫折

第5章
 イングランド国民国家の形成

第6章
 フランスの王権と国家形成

第7章
 スウェーデンの奇妙な王権国家の形成

第8章
 中間総括と展望