映像物語と音楽 目次
「オペラ」の誕生
誇張=バロックの時代
「古典音楽」の時代
19世紀、総合芸術への展開
20世紀、映像の時代へ
映画と音楽
憧れの指揮者
スポンサーはマフィア
綱渡りの渡航
団員はパリの街に消える
崩れたリハーサル日程
変幻自在の超絶技巧!
追いつめられたアンドレイ
ロシアから祈りを込めて
追いつめられたアンドレイ

サンジャックへの旅」へのオマージュ  「サンジャックへの道」はフランス映画に特有のエスプリで、現代社会の状況とサンティアーゴ巡礼ブームを交差させて描き出した。そこには、ヨーロッパ史の教科書とかマスメディアの報道が語る姿とはかなり異なった「本音のヨーロッパ」(歴史と文化)の姿が現れている。 ■ヨーロッパ(フランス)人の「建前と本音」■  クララはサンジャック巡礼を求める母の遺言にこう反発した。 「学校にイスラム教徒の少女たちがブルカやスカーフを着用してくることさえ禁止しようとしている状況なのに、カトリックの迷信的な伝説にちなむ巡礼に参加しろだって!? できるわけないじゃない。どうやって休暇を申請するのよ」  こういう意見が出るくらいに、フランス社会では移民系のイスラム教徒の慣習を非宗教化=世俗化しようとする「原則主義」が広がっている。レトリックは「非宗教化=世俗化」ということになっているが、じつはこれは、ヨーロッパの世俗文化と移民系イスラム民衆の世俗文化との対立なのである。  宗教の臭い強い文化慣習を「公共空間」から締め出そう、そうすることで、ヨーロッパ風に世俗化された「市民社会」の見かけ上の統一性を保とうということである。  今ではイスラム教徒の慣習が矢面に立っているが、少し前まではカトリック教徒の(特有と解釈される)風習が批判され、公共空間から排除されていった。カトリックが優越する社会でありながら、論理上過激な「市民革命」を経験し、1968年には「反権威主義」の革命が起きたフランスならではの状況でもある。  アメリカのようにプロテスタント系のファンダメンタリストがこれ見よがしに旧弊な態度を見せるのとは、大きな違いである。洗練されたフランス文化は、田舎くさい宗教の臭いを発散させる慣習を「市民社会」から排除してニュートラル化しようというのだろうか。  というようなしだいで、原則上の建前を主張し論争し合うのが好きなフランス人とされているのだが、この映画は、一方で原理原則を振り回しながら、他方でその場ごとに妥協や本音を吐露してご都合主義的に巧みに生き抜いていることを描き出している。  ラムジとサイードが自己の現生利益を求めてサンティアーゴ巡礼に参加し、しかもこの巡礼という慣習文化にさしょどの違和感を感じることなく、むしろイスラムの巡礼や宗教慣習との共通性を発見していく。  ところで、サンティアーゴ、すなわち聖ヤーコブは、イベリア半島でのレコンキスタ(イスラム討伐、領地奪還)では、イスラムを襲撃・討伐する軍勢の守護聖人=旗印にさえなった。もちろん、9世紀以降のイベリアのキリスト教徒たちが勝手に異教徒討伐の守護聖人に祭り上げただかえのもので、ヤーコブ本人とはまったく関係がない。  それにしても、イスラム教徒を追い詰めた守護聖人の墳墓への巡礼旅にイスラムの若者が参加するというのは、聖人伝説とかこれにちなむ宗教的慣習がいかげんなものであって、今生きる自己のために巡礼旅に挑戦する若い世代の「新しい問題意識」は、旧弊な守護聖人伝説とは切り離して考えるべきだということだろう。 ■ヨーロッパの文化としてのキリスト教は「一神教」ではない■  私たちは、ヨーロッパの宗教文化としてのキリスト教は一神教で、一元的な価値観にもとづいている、というような宗教観を、学校教育やメディアをつうじて、押しつけられているが、そんなことはない。  そのことの証左=象徴が、聖ヤーコブ=サンティアーゴをはじめとする聖人たちへの帰依や信仰なのである。  原則上、仏教徒でありながら神社で神様に祈り、クリスマスにはキリストの誕生を(外見上)祝うイヴェントにはまり込む…そういう日本人は、没宗教的な態度の、いや信仰上のご都合主義の最たるものだ、というような自己省察はたしかに当たってはいるが、大多数のヨーロッパ人とさしして変わるものではない。  16世紀以降の「宗教改革」「宗教戦争」を経ることで、とりわけプロテスタント側は、唯一神への帰依と信仰を原則上、強く求め、偶像崇拝や迷信の禁止を主張してきたが、それは政治的・軍事的紛争や社会紛争で勝ち抜くためのレトリックであって、日常生活の本音までが、そういう画一的な建前で染まっているわけではない。  それほどヨーロッパの歴史と文化、民衆の生活の構造は浅くもなければ、単純でもない。  宗教改革のフィクションにあまり深く影響されなかったイタリアの歴史と文化を見るがいい。古くからのヨーロッパの文化と生活はおそろしく重層的で複合的で、単純な「一神教」が支配できるほど甘くはない。  そのことを聖人や守護聖人の文化を教えてくれる。聖人とは、ヨーロッパにおける八百万の神や仏教世界の多数の神の曼荼羅世界ときわめてよく似た、生活慣習、日常精神の構造の表現なのである。それは、キリスト教の諸聖書が、多様な生活上の価値観によって語られた説話や伝説の混交からなる書物であるという事実とも重なっている。聖書を独特のイデオロギーの立場から読むと、一神教の教本に捻じ曲げられてしまう。   さて、中世ヨーロッパでは、土地ごと団体ごとに独自の守護聖人を祀っていた。ローマ教会は、キリスト教の伝道拡大のために、ゲルマンやガリアの民衆伝承や慣習、伝説を教会が認める儀式や世界観、生活態度のなかに取り込んできた。土着の民衆の精神生活の安定のためには、上から、外から権威や教義を押しつける方法はあまり効果を持たないから。  というわけで、教会は聖書の物語に登場する人物をかたはしから聖人として認め、ゲルマン土着の文化に教皇庁の権威を分与してきた。  こうして、本来の宗教に外的だったものごとにまで宗教的価値づけや意味づけ、位置づけを与えることで、キリスト教の権威がおよぶ世界を拡張してきた。そして、教皇庁は神学によって多数の聖人たちや秘蹟の序列化や相互関係を説明し、統合してきたが、それは事実上、多様なる現実の追認だった。  ヨーロッパ中世の諸都市(都市団体)は固有の守護聖人を祀っていた。大きな町では街区ごとに団体があったから、街区ごとの守護聖人がいた。やがて、商人ギルドや職人ツンフトなどの同職組合が結成されると、組合ごとに守護聖人を祀り団体の集会所に祭壇を設けるようになった。  都市領主たちは、多額の運常金と引き換えに同業組合団体の特権を認め、まつまた団体を課税・徴税の担い手として把握するために、同業者を同じ街区に集住させて自己統制させた。こうして、日本でいえば飴屋横町やら鍋屋横町とか伝馬町というような、街区ごとに同業者が整然と集住するような都市の制度ができあがった。  それはまた、街区ごとに、団体ごとに団体内部の自己統治を制度化するものだった。となると、大きな町にはいたるところに、さまざまな守護聖人を祀り、信仰上の年中行事をおこなう、多様な自治団体を統治の仕組みとして、また教区や教会の運営スタイルとして確立していくことでもあった。  一方、聖堂や修道院なども、本来は一般的なキリスト教の寺院というよりも、サンタマリアとかサンティアーゴとかノートルダムとかの聖人にちなんだ由来をもって設立された。やがて、大きな教会や聖堂には、あとから別の聖人の名も加わっていく。というのも、聖堂参事会は、都市の各階層の名士や有力者を参加させることになるから、大きな影響力を獲得した団体が多額の寄付金を運動をともなって請願すれば、教会の権威を高めるためにも聖人のリストは増えるのが常だった。  こうして人びとは、さまざまな場面で多様な聖人の徳を讃え、守護を祈ることになった。  年間のうち、今日は聖人誰それの記念日、あしたは…、来月は…というような歳時記は、季節や年間の生活リズムのなかに浸透していく。人びとは、多数の聖人を拝むことになる。  あの聖人の日にはこれを願い、別の聖人の日には…と。

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