そして、オデッサに利用されている息子がいずれ殺されてしまうと訴えた。彼女は記憶や判断力はまだしっかりしているようだ。クラウスを守るためには、彼が自分の身を守るために密かに作成した名簿ファイルが役立つはずだと(神父と思い込んでいる)ペーターにいきさつを説明した。
クラウスの父親もやはり、オデッサの専属の印刷業者として、逃亡しようとする戦犯たちのために身分証明書やパスポートを偽造していた。ところが、ある日、不審な事故死を遂げてしまった。老母によれば、秘密を知りすぎた夫は、オデッサ組織によって殺されたのだという。
クラウスは母の見解は穿ちすぎだと思っていた。とはいえ、いつでも一方的に高飛車に命令してくるオデッサのやり方には不審を感じていた。そこでクラウスは、彼が身分証や旅券を偽造したメンバーの本名と偽名、年齢、顔写真などの資料を記録したファイルノウトを作成していた。
身を守るための「切り札」として。
老女の話によって、ペーターはオデッサに打撃を与え、ロシュマンに辿り着く手がかりを得られそうだと判断した。が、さしあたって、印刷工房のなかで待ち伏せしている殺し屋を片付けなければならない。ペーターは、勇気を振り絞って殺し屋に立ち向かっていった。
激しい闘争が繰り広げられた。殺し屋は一度は銃を取り落としたが、しだいに優位を得て、銃を取り戻した。ペーターは工房を逃れて屋上に隠れた。そして、追いかけてきた殺し屋と揉み合いになった。そのなかで、殺し屋は態勢を崩して天窓から工房のなかに落下していった。
そして、印刷機の突起に身体が串刺しになって息絶えてしまった。
ペーターは、クラウスの金庫のなかに隠されていたファイル帳を見つけて、持ち出すことができた。
モサドの隠れ家に戻ったペーターは、バイロイトの印刷所でのできごとを報告した。もちろん、オデッサの逃亡犯ファイルを入手したことも。ただし、そのファイルは、ペーターがミュンヘン駅のコインロッカーに保管していた。すぐにモサドに手渡すつもりがなかった。
というのは、ペーターとしては自分自身の手でロシュマン=キーフェルを追い詰め対決に持ち込み決着をつけてから、ファイルをモサドに渡すつもりだったからだ。モサドは、ファイルを入手するため、ペーターの願望を聞き入れた。
&nbnsp; ペーターは、ハンブルクのジギーに電話を入れて、女性警官をうまくあしらって住居を出てくるように指示した。ジギーは、うまく女性警官を部屋の1つに閉じ込めてから、旅支度をして出かけることができた。そして、ペーターと落ち合った。
ペーターはジギーに、これからブレーメンの電気会社の経営者キーフェルに扮しているロシュマンを捕らえに行くと告げた。だが、もし2日後に戻ることができなかったら、ミュンヘン駅のコインロッカーからファイルを取り出して、ヴィーゼンタール事務所に持ち込むようにと頼んだ。ジギーに、ロッカーの鍵を渡して、ペーターは出発した。懐には、モサドから渡された銃をしのばせていた。