《イ ヴィチェーレ》へのオマージュ 目次
イタリアの19世紀末
国民形成への道
国民形成の苦難
リソルジメントの意味と限界
トラスフォルミスモ
議会制のあっけない崩壊
ファシズムの歴史的位置づけ
ファシズムと民主主義義
《山猫》と《副王家の一族》

イタリアの19世紀末

  《副王家の一族》の結末シークェンスで提示されていた問題を分析することで、この作品――と《山猫》――へオマージュとしたい。この映画は、19世紀後半から20世紀初頭のイタリア社会・政治状況を考察するうえでは、非常に優れた話題と材料を提示している。それだけでも、歴史映画としては大成功を収めている。見る価値が大きい。物語は悲惨で暗澹たるものだが、まさにイタリアのレアリスモ(ネオレアリスモ)のお手本のような作品である。同じ時代と状況を描いている〈山猫〉とセットにして考えてみよう。

国民形成への道

  まず考えなければならない問題は、国民国家の形成期における議会制度の役割は何かということだ。とりわけイタリアのように域内が長らく分裂していて域外の列強諸国家に支配されていた地域での国民形成、国民国家形成にとっての課題は・・・
  何よりも、それまでは各地方ごとに分立――分立することで地方支配層としての特権を保持――していた支配諸階級(諸分派)を議会装置ないし中央政府組織をつうじて、国民的支配階級(エリート)へと政治的に組織化・統合することだ。
  そして、議会装置(と行政府)からの意見(公論)=情報発信(メディアも絡むことになる)をつうじて、エリートの利害や価値観を中核として国民的公論、国民意識(国民としてまとまるためのイデオロギー)を形成すること。つまりは、諸政策を国家意思の表出として形づくる仕組み、そういうイデオロギー的・政治的回路をつくり出すわけだ。
  してみれば、イタリア国民議会では30年以上にわたって政治的討議・討論がおこなわれなかったということは、この2番目の機能が「正常には」果たされなかったということがただちにわかる。では、支配階級の政治的・イデオロギー的統合についてはどうか? 少なくとも、支配階級の結集が達成されなかったことと、政治イデオロギーの統合が達成されなかったこととは、相互に原因となり結果となる関係にあることは自明だろう。

国民形成の苦難

  今日の日本の国会を見ると、議院での議論はメディア受けや世論への「ごますり」、論点のすりかえなどが横行する、きわめて欺瞞的な内容になっている。これは、制度としての民主主義が進展して、多様な諸階級や集団の利害を代表する勢力が議会に選出されたために、ある程度は不可避なことでもある。
  つまり、複雑に対立する諸利害(妥協が困難な諸利益)を、エリートの利害を中核(最上位)としてさまざまな階級の利害を調整し、折り合いをつけることができなくなり、政策を決定するためには、欺瞞やごまかし(論点のすりかえ)が必要になるからだ。

  しかし、19世紀末のイタリアでは、議会の代表は、支配階級や優越するエリートだけからなる候補者がこれまたエリートや富裕ないし有力諸階級からなる有権者から選出されていた。つまりは、客観的には今ほど利害に深刻な対立がない状況なのだ。政治的敵対のリスクは、現在よりもはるかに小さいかに見える。
  してみれば、議会で論争は、国家統治の危機や停滞をもたらすほどに深刻な対立や敵対をもたらしそうには見えない。議会での論争や妥協をつうじて、むしろ支配階級の融合ないし統合がはかられていくのは、さほど困難ではなさそうに見える。
  しかるに、議会での公式討論がおこなわれない。なぜか。
  たしかに、国民形成が完了した段階にある私たちから見れば、じつに不可解な状況である。
  だが、1860年の時点では、イタリア王国という名目は成立したものの、北部の経済的・金融的主要部をオーストリア帝国によって征服・支配され、首都近辺にはフランス帝国の強い影響力がおよんでいた。悲観的に見れば、国家=王国はほとんど骸骨のような状態で、内臓や筋肉はこれから組織していかなければならない状況だった。

  明治維新の段階で不平等条約によって束縛されていたが、国土には欧米列強の支配が浸透しなかった日本の方が、じつははるかにましな状況だったわけだ。しかも、日本列島では国家的・国民的統一までにはいたらなかった――諸藩分立の幕藩レジーム――が、徳川王権による疑似絶対王政支配が名目的に成立していて、そのうえに海洋によって外部世界から地形的に隔てられていた。この地政学的条件こそ、日本の幸運だったのかもしれない。

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