国家形成史における世界市場的文脈と階級構造 4

国家形成史における世界市場的文脈と階級構造 目次

冒頭

階級論的文脈における国家形成

遠距離貿易と都市権力の成長

都市の階級構造

都市の階級闘争

北ドイツ諸都市の領域主義

領域主義と政治体の生存闘争

北西ヨーロッパ

世界市場的文脈と階級構造

■■北西ヨーロッパ■■

  富や人口、文化の集積という点では、ネーデルラント(ホラント、フランデルン、ブラバント)の諸都市の方が、北イタリアにずっと似ていた。都市の領域支配レジームも発達していた。16世紀半ばに、これらの諸都市は同盟してエスパーニャ王権に対する分離独立闘争を展開し続ける能力を備えていたのだから。
  その時代のネーデルラントの各ラントは、王侯ではなく都市が支配する領邦国家――あるいは領邦都市国家というべきか――であったと見ることもできる。独立闘争のために各州や都市が同盟して形成された連邦は、領邦国家群からなる特異なレジームだったのだ。

  ネーデルラントを挟んだ形で、イングランドとフランス北部には絶対王政が成立し、やがて市民革命を経てブルジョワ国民国家が成立していく。すでに見たように、北海沿岸の北西ヨーロッパは、ヨーロッパでいち早く国家が出現する特異な政治空間だった。そこでは、イタリアと異なり、個別の都市をはるかに凌駕する王権――王権の周囲に有力諸身分が同盟・結集する状態――が存在していた。
  都市商業資本としては、政治的権力への接近方法としては、王権との同盟という形態しか選択肢がなかった。この点では、13世紀以来、大評議会に貴族とともに有力諸都市の代表が結集する政治構造があったという点で、イングランド王国はフランスよりもはるかに有利だった。
  イングランド王国とフランス王国における国家形成に共通する要因で、エスパーニャ王国に欠如していたものは、王権と都市商業資本との政治的にして経済的=財政的な強固な同盟だった。この同盟は、商業資本家階級と王権を中心とする地主階級との同盟をともなうものだった。このような同盟を理由として、マルクス派の一部には世界貿易を営む都市商業資本を「封建的勢力」と決めつけているのだが、それが誤りであることは本論ですでに述べた。

  とはいえ、有力諸都市の商業資本家階級と王権との同盟は、絶対王政という形態にとどまる限り、世界市場での商業資本主導の資本蓄積競争を戦い抜くためにはきわめて不十分であったようだ。ゆえにこそ、市民革命が生じたのだ。国民国家が確立するためには、同盟の主導者が王室ではなく都市商業資本とならなければならなかったということだ。
  とはいえ、絶対王政と革命後の初期ブルジョワ国家とでは、政治的支配の核となっている階級構造、つまり支配的諸階級の組み合わせは変わらなかった。変わらなかったが、政治的支配の主導権は商業資本家階級に移ったということだ。要するに、王室から国家装置の首座を奪い取り、商業資本の世界市場運動を支援するレジームを構築する過程が市民革命だったということだ。
  この転換によって決定的に変化したのは、国家の中央政府の財政構造であり、これと連結した金融市場の構造だった。その事情は、イングランド国民国家の形成過程の考察で述べたとおりだ。

  イングランドでは、中央政府の運営を支える王室財政の構造は、テュ―ダ―王朝期からの変動をつうじて、ロンドンを中心とする主要諸都市の貿易・金融商人階級が優越する議会庶民院の統制下に置かれるようになっていた。ところが、ステュアート王朝の諸王は、そのような王権中央政府の運営や統治活動に適応する思考スタイルや行動スタイルを備えていなかった。したがって、議会派勢力はそのような王ないし王室を排除し、より適合的な王室をネーデルラントから迎えるようになったのだ。
  フランスでは18世紀半ばに王室財政が破綻してしまったことから、財政機構を中心とする国家装置の再編――国民的規模での支配的諸階級を統合し、国家財政の運営を統制するための議会装置の編成――が主要な問題となって革命的危機状況が発生したのだ。

■■世界市場的文脈と階級構造■■

  古いマルクス派の階級論は、結局のところ、国民国家(国民経済)を自己完結的な社会システムと断定して、その内部の階級構造によって経済的再生産の構造や政治構造を説明し尽くすことができると考えている。
  ところが、世界経済をひとまとまりの社会システムと位置づけると、それぞれの国民国家はこのシステムの陽自立的な断片にすぎなくなる。本論で説明したように、世界経済総体としての社会的分業体系のなかで占める地位によって、特定の政治体や地方の再生産構造や政治構造が大きく制約されるのだ。
  したがって、国民国家の次元で自己完結的に分析するのでは、事象を内在的に、あるいは内的連関に即して考察することにはならない。「国境」を超えて編成され連動している階級諸関係を主観的に個別の断片に断ち切って、切り捨ててしまうことになる。
  してみると、世界市場的文脈のなかに位置づけて考察するという視点は、政治体の外部(遠隔地)にあっても内的に結びついている要因を分析の射程範囲に入れるということであり、地理的に離れた社会空間の諸階級の利害関係は相互に結びついていて、相互に利害関係は浸透し合い、そこで利害闘争や権力闘争、妥協や駆け引きが繰り広げられていると見なす立場なのである。

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