炎のランナー 目次
原題について
原題について
あらすじ
作品が描いた時代と主題
ハロルド・エイブラムズ
ジェントルマン階級
エリートとスポーツ
疎外感と挑戦意欲
異端とエリート
仲間たち 新世代エリート
エリク・リデル
統合装置としてのスポーツ文化
王室の権威よりも信仰を選ぶ
エリート内部の世代格差
ブリテンとアメリカ
アメリカの挑戦
翳りゆく栄光
レジーム変動
ハロルドとエリクの挑戦

作品が描いた時代と主題

  私は映画「炎のランナー」をいたく気に入っています。その理由は、スポーツへの情熱を描いていること以上に、この物語の背景となっている歴史的状況の描き方の確かさに深く感動しているからです。すばらしい時代考証と道具立て、人物描写、そして背景描写にです。

  この作品が事実にもとづいてつくられたため、時代背景の描写の秀逸さに対する賞賛は、一般に人びとの服装(ことに女性のファッション)とか乗り物(列車、自動車、船舶)、あるいは風俗などに向けられていました。

  でも私は、これらの道具立てを織り交ぜて表現した「人物」、そして人物たちが織りなす関係、さらに人物や関係が描き出す「時代」と「社会」に感銘しました。非常に実証的に描かれているといえます。
  物語は、1924年のオリンピック・パリ大会に参加したブリテン・ティームにあって、陸上トラック競技で勝利をめざす2人のアスリート、ハロルド ・エイブラムスとエリク・リデルの努力と挑戦を中心に描かれています。
  この2人は、ブリテンのエスタブリッシュメントのなかではマイノリティ・異端派に属していますが、その立場は対極的なものです。

  おりしも2つの世界戦争のあいだに位置するこの時期は、パクスブリタニカ(ブリテンの世界覇権)の栄光が衰退し、落日の残照が輝いている頃合いでした。ブリテンでも、スポーツをめぐる社会環境や文化が大いに変動しようとしていました。
  それは深いところで、世界的規模で張りめぐらされたイングランドのエリート層の権力体系――ブリテン帝国のコモンウェルス――が大きく転換しようとしている状況と結びついていました。
  〈世界経済〉ではブリテンの最優位が失われ、アメリカ合州国がヘゲモニーを握りつつありました。スポーツの世界にも、新たなメガトレンドが浸透し始めたのです。

  物語が始まるわずか数年前に、第1次世界戦争が終わったばかりです。ヨーロッパでは、それぞれの国民国家が列強( world powers )たるべく、互いに移ろいやすい同盟関係を取り結びながら、軍事的・政治的あるいは経済的・文化的に敵対・競争し合う関係が続いていました。
  こうした状況下、新聞などのマスメディアの発達も手伝って、スポーツの世界での国際的競争は、素朴な「愛国心」をかき立てて民衆を「国民( nation )」として組織化し、ナショナルな枠組み・単位に統合させ、結集させるための政治的・イデオロギー的な仕組みの1つとしての役割を期待されていました。

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