こうして、カッパドーラ一家は次男のベンを失うことになった。
帰宅してから、ベスは「同窓会に息子たちを連れていくべきではなかった」と悔やみ続けた。同窓生との久しぶりの再会を期待するあまり、子どもたちに十分注意を配らなかったために、ベンは誘拐されてしまった、と深い罪悪感を抱くことになった。喪失感と罪悪感は、ベスの心のなかに埋まることのない空洞をもたらした。
一方、押さないベンの兄ヴィンセントも幼いなりに苦しんでいた。
というのも、失踪する直前に兄弟げんか(口論)をして、「お前なんかいなくなってしまえ」とベンを罵倒して、ベンが離れていくのを見過ごしてしまったからだ。兄として幼い弟を見守るべきだったのに、と。これまた何かにつけて深い後悔がヴィンセントの心に去来する。
そして、父親パットも苦悩していた。確かにベスの母親としての注意不足の責任は免れないと思っていたが、ベスも被害者で、目も当てられないほど自分を責めて苦しんでいるを見るのは辛くてたまらない。ヴィンセントの憔悴も並大抵ではなかった。衝撃と悲しみが大きすぎて、ベンの失踪については何も言えなかった。ただ、妻と息子をいたわる態度を示し続けるしかなかった。
というわけで、残された家族3人は打ちひしがれていたが、できるだけ「普段どおり」の「平静さ」を保つように振る舞うしかなかった。つまり、穏やかで幸福な家族の役割(
role playing )を演じ続けることになった。役割を演じ続けることで、疼く心の傷にさわらないようにして、悲しみに蓋をしようとしたのかもしれない。
やがて、パットは、引きこもりがちのベスを立ち直らせるために、写真家としての仕事に復帰するように勧めた。ベスは、戸惑いながらも、写真家の仕事を再開した。
■シカゴへの移住■
カッパドーラ家の3人は、ベンの失踪という古傷に触らないように、つまり悲劇を忘れたように、穏やかで幸福な家族を演じ続けることになった。パットの仕事もベスの仕事も順調に伸びていった。
そして、8年後、一家はシカゴに移住することになった。
大都市、シカゴでイタリアン・レストランを開設・経営することになったからだ。パットが一流レストランで腕を磨いた結果、シェフとして独立することになったのだ。そう決意したのは、パットとしてはベンの失踪という悲しい記憶を忘れるために、遠い町に引っ越すことが家族にとって望ましいと考えたからだ。
ベンの思い出が残る家と町から遠ざかるということだ。