ディープ・エンド・オブ・オーシャン 目次
家族の絆を考える
原題と原作について
見どころ
ベンの失踪
家族それぞれの心の痛み
消えない傷み
近所の少年、サムの出現
原状回復の功罪
サムの家出
よみがえった家族の記憶
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原状回復の功罪

  結局のところ、市民法が規定する原則に従って、誘拐という犯罪行為によって棄損された家族関係が復元されることになった。
  つまり、セシルがベンを略取し家族=血縁関係を偽装するという違法な犯罪の結果として、ベンはサムとなりカラス家の子どもとなったので、その家族関係(親子関係)は法律上無効であって成立しなかったことになる。法的に認められないものなので、したがって、ベンはカッパドーラ夫妻の息子であるという原状――本来あるべき家族関係――に復帰させられることになった。

  FBIは、ジョージ・カラスに事情を説明して、ベンをカッパドーラ家に戻すよう説得した。ジョージは、本来あるべき家族のもとにベン=サムを返すことを承知した。ジョージとしては、サムとして育てたベンを愛するがゆえに、それが、ベン=サムにとっては幸福なのだと判断したのだ。
  だが、内心は深く慈しんで育ててきた1人息子を手放すのだから、身を切られるような思いだったに違いない。だが、ベン=サムの立場を最優先して決断した。
  その意味では、カッパドーラ家にとっての幸運は、ジョージ・カラスにとっては悲劇となったわけだ。愛情を注いでベン=サムを育て穏やかな家族関係を築いてきた10年間の生活が、「法律上は成立していない」という論理で否定されてしまうのだから。

  その間の経過は、家族関係に関する法的関係が組み換えられるわけだから、手続き的には大変なものだ。家族関係の原状回復を命ずる裁判所の決定が出されるが、家族関係は日常生活のあり方や愛情などが絡む複雑で微妙な民事問題なので、司法当局による強制措置というようにはならないだろう。FBIを介在させてカッパドーラ家とカラス家との話し合いによる和解を優先させ、さまざまな条件を設けて双方にできるだけ「しこり」が残らないように和解契約を結ぶことになったはずだ。


■ぎくしゃくする家族関係■
  それにしても、ベンの喪失という悲劇を仕方なく受け入れて「幸福で平穏な家族関係」を演出し、微妙なバランスを保ってきたカッパドーラ家は、次男でありヴィンセントの弟であるベンが戻ったことで、それまでの家族関係のバランスが崩すことになった。苦悩と困難は次男を取り戻したカッパドーラ家にも生じることになったのだ。
  一方、ベン=サム本人にとっても、それまで疑わなかった自分の家族関係とアイデンティティ、つまりは「自分が何者であるのか」という「心のよりどころ」「心の安定」をいったんは失うということになった。

  カッパドーラ夫妻とヴィンセントは、家族に復帰した少年が――10年刊カラス家の子として育ってきて――すでに自分の人格・アイデンティティをサムとして形成し、確立している以上、もはやベンと呼ぶことはできなかった。言い換えれば、ベンが自分をサムとしてではなくベンとして受け入れるまでは、彼をサムという人格として受け入れ扱うしかない。そういう日が来るのかどうかもわからない。
  つまりは、カラス家から出てカッパドーラ家の次男という立場になったサムとして接するしかないのだ。
  彼はいまでもジョージ・カラスを父親として愛していただろうし、他方で、カッパドーラ家の次男としての立場を受け入れていかなければならないとも思っていた。つまり、心が二重化し、2つの重心のあいだで揺れ動くことになった。

  パットとベスは、戻ったベン=サムにことのほか気を使い愛情を注ぐことになった。それは組み換えられた家族関係のなかでヴィンセントをも不安定な立場に追い込むことになった。
  これまでカッパドーラ家の3人は、互いに「仮面の役割」を演じることで微妙な家族関係を演出してきた。そのなかで「一人っ子」として育ってきたヴィンセントにとっては、突然弟ができて、しかも両親の愛情や関心が帰ってきた弟に集中するようになったわけで、大きな精神的動揺をもたらした。
  しかも、母の同窓会ぼ会場で兄として弟の面倒を見るという責任をまっとうできなかったためにベンを失ってしまったという苦い思い(自責の念)を引きずっている。

  ヴィンセントはベン=サムが戻ったことについて、複雑な思いを抱くことになった。安堵を憶える一方で、新たな不安の原因を抱え込んだ。兄弟としての、あるいは兄としてのアイデンティティがないのだ。なにしろ、10年間も離れていた――兄弟としての関係を形成できていない――弟なのだから。
  そのうえ、それまでヴィンセントが独占していた両親の関心=愛情の主要な向け先が、自分ではなくなってサムとなったことにも、いく分は嫉妬めいた気分で戸惑っていた。もちろん、仕方のないことと受け入れてはいたが。

  要するに、ベン=サムをめぐるカッパドーラ家の人間関係は、突然に人為的に組み換えられたもの、取ってつけたように「作り物めいた」ものだった。とりわけ、ヴィンセントとサムは、そういう家族関係のなかにいきなり放り込まれて兄弟としての関係を築かなければならなくなった。こうして、かえってぎこちない関係、すれ違いの関係、互いに気障りな関係に陥ってしまった。

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