世界貿易に投資してそこから利得を獲得しようとする者どもにとって、最大の武器は、正確な船便情報のいち早い入手であった。リスクやコストの管理のために不可欠だった。つまり利益を自分に引き寄せ、リスクやコストを競争相手に押しやるために。
貿易海運は、遭難や事故(海賊による掠奪・破壊、嵐、座礁など)のリスクの高い冒険事業だった。だから投機的で、事業が成功すると巨額の利潤をもたらした。
こうして、それぞれの船便の運行には莫大な投資・投機資金が絡みついていた。
船便の航行日程――船舶輸送の進捗状況――の変化は、利幅の大きな海外物産の取引価格の変動をもたらすことになる。船便の遅れで、ロンドンの在庫が減れば、その商品は高騰するかもしれない。航海が順調で、無事に大量の在庫をもたらしそうな状況ならば、価格は低下する。しかし、安さを売りにしてより多数の需要者に売りさばくことができれば、総額として巨大な利潤を生みだすこともできる。
こうして、海運便の運航情報は、その日ごとに在庫品や販売商品の売値の変動をもたらすことになる。変動傾向の読み違いは大きな損失をもたらすこともある。
もちろん船舶には、大量の貴金属や為替手形(送金指示書)や信用状などが積み込まれている場合もあるだろう。
貿易に投資した者たちは、船荷証券を持っている。
どの船がいつ、どこの港に到達するか、船荷の状態はどうか、嵐に出会って海水をかぶっていないか、計画通りの量と品質の産品を積載しているか。商人たちは、そういう情報の中身によって船荷証券をどのタイミングで売り買いするかを決めるのだ。
ある商人は、船便の遅れで自分の船荷証券の価値の下落を懸念したとする。だから、割引率――リスク管理のために一定割合を割り引いて売り払うため――を20%に設定して売りに出そうと考える。
他方で別の商人は、船便の遅れでロンドンの在庫が品薄になっているから、彼の商人の船荷証券は入港後値上がりするだろうと読んで、割引された価格で多くの船荷証券を買い入れようとする。
つまり、それぞれの思惑で船荷証券の先物取引を繰り広げることになる。
たとえば、セイロン島から茶葉と香辛料を積み込んで出港した船便が、ケイプ沖の嵐で2週間の遅れが出たとしよう。ある商人は、遅れによるリスクを回避しようと船荷証券を15%の割引率で売りに出し、別の商人がロンドンでの在庫品薄に目をつけて買い取る、というような話だ。
ロイドのカフェの『シッピングニュウズ』は、こういう状況判断のもとになり、駆け引きと取引きの引き金になる。商人のなかには、インドやアメリカの血縁者の商人から、ロイドのシッピングニュウズよりも正確で詳しい情報を記した手紙を受け取っている者がいるかもしれない。そういう商人は競争相手を出し抜くもとができるだろう。
つまり、貿易金融での駆け引きでは、情報の速さと正確さ、情報の広がりや深さが者を言うのである。
ところで、17世紀後半から19世紀初頭まで、東インド会社などの遠洋航海貿易で、最も利潤率が高かったのは、アフリカ原住民を残酷に狩り立てて新世界に持ち込む奴隷貿易だった。場合によっては、投資利潤率は1万%以上にもなった。もちろん、リスクも高かった。
しかし、1回の奴隷貿易航海事業が成功すると、何十回分もの失敗のリスクとコストをカヴァーすることができたのだ。