たとえば、以上のシークエンスのように、制作者たちは、1980年後半〜末のロンドンのダウンタウンの変貌を「事実に忠実に」映像表現して、物語の背景に取り込んでいます。
時代の波に逆らうスザーツカの姿勢を際立たせるためという狙いも、もちろんあったでしょう。彼女は意識的に時代に取り残されることを選択したのです。
しかし、その狙いを超えて、かなり執拗に繰り返しているようです。その意図は何でしょうか。
前に「炎のランナー」の回に触れましたが、ブリテン映画人は、時代背景をかなり丁寧に、いやむしろマニアックなくらいに精密に再現したがります。きわめて実証主義的かつ経験主義的な方法を好むようです。
イタリア人の映画制作陣が、歴史の構図を立体的かつ劇的・端的に描写する方法論に立つのと、いわば対照的です。
イタリア人たちは、小さな田舎町でも、ローマ時代からの遺跡や歴史的文化財、中世の美術品や建築物、街並み景観のなかで生活しています。圧縮された歴史の厚みのなかに。
日常生活そのものが、いってみれば貴重な歴史舞台のなかに溶け込んでいるのです。
いわば歴史劇の舞台装置のなかで生まれ育ち、そして生活しているのです。彼らが、生まれながらにして、「歴史描写の達人」になるのも、むべなるかなと思えます。
ところが、ブリトン(ブリテン人)の歴史描写は、きわめて丹念に1つ1つの小道具や背景ディテイルを描き込むやり方なのです。精密な模型をつくるように。
私は、こういう国民性に関する評価=色眼鏡を通したうえで、制作陣の意図を推し量ろうとしていることを、ここでお断りしておきます。
イングランドには、中世盛期以来、年代記作者( chronicler )が多いのです。当時の識字率の低さと対比して、このヨーロッパの辺境地帯にしては年代記作者の数はすこぶる多いように見えます。
もちろん、作者はみな、特権的な識字階級(すなわち貴族や富裕地主)なのですが。
その作者たちが、自分の家門や同じ階級の仲間の冷酷で悪辣な行いや態度を、突き放して客観的な筆致で描いているのです。「同時代」を描くことに、楽しみあるいは使命感を感じるのかもしれません。
皮肉なというか、自己批判に富んだ歴史観を示しています。
この映画の制作陣もまた、1980年代後半の「年代記」を映像として残しておきたかったのでしょうか。そう思えるのです。しかも、痛烈な批判精神を込めて。
具体的には、「サッチャリズム」が誘導した、金融投資の環境の「乱暴な組み換え」――一方で都市政策や福祉の切捨によって都市を荒廃させておいて、他方でその再開発を金融投機の手法にゆだねる政策――に対して、強い批判をもっているように見えます。