それから11年後、エヴァンは孤児院で暮らしていた。
両親ともすぐれた音楽家だったせいか、天性の音感と音楽センスをもっていた。彼の頭のなかには、いつも美しい音楽が流れていた。木々の葉ずれの音はもちろん街中の騒音のなかにさえも、音階を聴き取り、そのリズムとメロディを聴き分けることができた。エヴァンにとって、世界は音楽に満ちていた。
だが、親のいない環境で育っている孤児仲間たちは、エヴァンを「変な子ども」だと思い、年上の男の子たちは彼を「いじめ」や「仲間はずれ」の対象にした。だが、いつも心に美しい音楽を感じているエヴァンは、孤立を気にしなかった。
エヴァンは、音楽を両親が自分に呼びかけている声だと感じていた。呼び声が聞こえる限り、いつか両親と会えると信じていた。
ところが、12歳を目前にしたエヴァンは、孤児保護官(兼カウンセラー)のジェフリーと里親斡旋の件で面接することになった。里親になって、ファミリーネイムが変わってしまえば、両親と会うチャンスが失われると思ったエヴァンは、クリスマス前の雪の日に施設から逃げ出した。
エヴァンは夜道をヒッチハイクした。親切な長距離トラック運転手に出会ってニュウヨークまで運んでもらえたうえに、当分の生活費として12ドルをもらうことができた。
さて、ニュウヨークに出たエヴァンは、行き場がなかった。
だが、大都市には音が満ちていた。エヴァンは車の音や雑踏の音にも音楽を感じた――たぶん一般人には雑音でしかないが、エヴァンはそれをいくつもの音声に分解できたのだろう。そして、街頭の広場でギターの弾き語りをしている(自分よりも少し若い)黒人少年と出会った。ギターの和音と旋律に引き寄せられたのだ。
行くあてのないエヴァンは、美しい和音と旋律を発する楽器ギターとその演奏者の少年に惹かれて、彼の後をついていった。
少年は親からスポイルされた――見捨てられたりあるいは虐待されたりした――ストリート・チャイルドで、彼は同じような境遇の少年少女たちが集まって暮らしている廃屋ビルに戻っていった。エヴァンは手持ちの金でピザパイを買って、彼らに分け与えて、仲間入りした。
ところが、その廃屋は、子どもたちから「ウィザード」と呼ばれる――本名はマクスウェル・ウォリス――中年男が「管理」していた。ウィザード(マックス)は、子どもストリート・ミュージシャンの手配師なのだ。ウィザードは、子どもたちに楽器を教えて街角に立たせて演奏させ稼がせて、収益を折半して暮らしていた。
要するに子どもらを搾取しているのだが、大都会で生き場もなく生活の手立てもない子どもたちに住居や食事をあてがっているわけだ。