そして翌朝がやって来た。
真夜中にプロットの病室に駆けつけようと計画していたマークは、つい眠り込んでしまい、気がついたときには朝になっていた。
夜明けが訪れた。眩しい陽光とともにプロットの身体が揺れて、倒れ込んだ。
駆けつけたマーク医師がロバート・ポーターを抱き起こした。ロバートは完全に記憶を失っていた。
彼の身体=心のなかにいたK−パックス星人、プロットは消え去っていた。
彼とともに消え去った患者はいるのか。
医師や患者たちが、いなくなった者がいないかを調べていると、老衰と認知症が悪化していた老人が1人、息を引き取っていた。
患者の1人は、「彼がプロットが連れていくと決めた人なんだ」と結論した。プロットは老人の身体を残して心だけを連れていったのか。だが、老人は自然死しただけかもしれない。だとすると、プロットは誰も連れていかなかったことになる。
マークたちの心に深い謎が残された。
先ほどまで、ロバートの身体と心に生きていたプロットとは何者だったのか。本当にK−パックス人なのか、それとも彼の脳の奥に眠っていた別の人格だったのだろうか。というのは、あまりに悲惨な現実によるPTSDを癒し――記憶から消し――、危殆に瀕した彼を生き延びさせるために、脳がその人格を生み出して彼の身体と心を制御したのかもしれないからだ。そうなのだろうか。
この物語に内在しながら、少し考えてみよう。
この物語はどっちつかずな結末というか後味を残して終わる。
マーク・パウウェル医師の立場から見ると、悲惨な事件に遭遇したロバートの脳が、トラウマから逃れて精神の平衡を保つために異星人の人格を生み出し、ロバートとしての人格から事件の記憶を消してしまった、というのが妥当な見方だ。
異星人がいるとしても、地球人の誰かの心身を借りるというのは、かなり現実味に乏しいだろう。
とはいえ、プロットの周囲の人たちが彼の存在に影響されて心身が健康になり、苦悩やストレスから解放されていったということは、何を意味するのだろうか。もちろん、それがただちにプロットが宇宙人だということの証明になるわけではない。むしろ、地球人のなかにそういう効果というかオーラを出す能力を持つ者がいるということかもしれない。
結局、どっちつかずの結論になり、この作品を見た人それぞれに自由に解釈すればいいということになる。
それにしても、プロットが故郷の惑星文明K−プロットに帰還すると言い出したとき、元精神疾患の患者たちがそれぞれに自分が一緒についていきたいと望んだのは、どういうことだろうか。
プロットと一緒にいると、心が穏やかになり癒されるからという理由からだろうか。
それとも、彼らがかつて精神を病んでいたときの自分の状態や周囲の対応を記憶していて、そんな状態からずっと逃れたいから、この地球の文明空間にいるのが苦痛と感じているからなのか。
この作品は、あれこれの疑問について考え始めると、どこまでも際限なく疑問が広がっていく。
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