テロリストたちに工作員としての身元が暴露され、バグダードでの立場が危うくなったフェリスは、ヨルダンに活動場面を移すことになった。
ところがこの間に、ヨーロッパでは、アル・サイームが率いるテログループによるものと見られる大がかりなテロや未遂事件、爆発事件が相次いで発生した。
アル・サイームが操るテロ組織による破壊活動の続発は、つまるところ、ホフマンの作戦の綻びの結果と見なされる。「この俺が世界の平和を守っている」と自負しているホフマンは、アルサイーム逮捕=抹殺に躍起になって、フェリスにさらに大きな圧力をかけるようになった。もちろん、フェリスからの応援要請には、すげない返事を続けている。
さて、フェリスはヨルダンでアルサイームの所在を探るために、ヨルダン国家情報総局(GID)の局長、ハーニ・サラームと会って協力を要請した。サラームはホフマンよりもずっと現場の事情に通じていて、頭の切れるしたたかな軍人だった。
サラームはフェリスに、「CIA本部や『お偉方』の方針は信用しない。彼らは、自分たちの都合ばかり考えて、われわれとの信義や約束を大事にしないからだ。だが、君とは信義と誠意をもった関係を築きたい。われわれの権限を無視するような作戦は許さない」と明言した。フェリスは、イエスと約束した。
サラームはヨルダン情報総局の情報網をつうじて、フェリスがイラクで民衆や協力者との信義誠実を貫いてきた男であるという情報をすでに得ていた。
だが、ラングリーのホフマンは、ここでも「騙し合い」「出し抜きあい」を繰り広げようと考えていた。しかも、フェリスを犠牲にすることになるかもしれないというリスクを無視して、フェリスの頭越しに彼の部下を脅して情報提供を強制し協力させて、その計略を実行した。
当然、ヨルダンの秘密情報機関のサラームをも騙すつもりだった。
先頃、ホフマンはフェリスに湾岸の首長国の王族の金融顧問に偽装させて、アル・サイームに近づこうとする作戦を敢行した。
現地の具体的状況を知らずにラングリーの安全で快適なオフィスの机上で案出したその計略は、案の定、失敗した。
それで、フェリスをラングリーに呼び寄せて作戦を検討し、今度はアルサイームよりも巧妙なテロリスト集団を偽装して、サイームにライヴァル視させて接近させようという作戦を考えた。というのは、最近、サイームは従来のイデオロギーよりも、アラブでの自分の――最有力のテロリストとしての――地位を誇示したがるようになったからだ。
サイームは自分よりも有能と評価されそうなテロ指導者に攻撃を仕かけるようになったらしい。ホフマンは権力を振りかざしてフェリスを圧迫して、ヨルダン情報局のサラームを出し抜いてこの作戦を決行させた。だが、これも失敗に終わった。