揺れ動くイタリア 目次
疫病の地政学
ペスト襲来
環境危機
ミラーノの台頭
ヴィスコンティ家
国家組織
歴史観を見直す
地中海貿易の構造変動
地中海東部の変動
地中海西部の変動
ヴェネツィアの黄昏
地中海貿易の後退
ヨーロッパの軍事革命
戦争の形態の転換
海洋権力の転換
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チェーザレとマキァヴェッリ 続々編

  ニッコロ・マキァヴェッリとチェーザレ・ボルジアが登場する前から、すでにイタリアとヨーロッパの大変動は始まっていた。それが、世界貿易の成長と地政学的構造の変革を加速したように見える。

  変動の大文脈の見取り図を描いておくと、
  @都市の成長や農地開墾の進展で人類の生存環境と生態系が変化し、
  Aそこに気候変動(寒冷化)と凶作の繰り返しによる食糧危機が訪れて、
  B疫病の蔓延と人口危機が生じ、
  Cさらに世界貿易が拡大していく、
  Dそれにともなって都市や君侯領主たちのあいだの戦争の強度が著しく高まる
という流れだ。

疫病の地政学

  地中海貿易網とヨーロッパ貿易網の発達は、都市への人口集中と人びとの長距離の移動や交流をもたらした。
  その頃、都市では、大通りから少し中に入れば、日光が差し込まない薄暗い住宅密集地となっていて、そこでは狭苦しい室内空間に貧しい下層民たちが押し込められるように暮らしていた。
  下水や排水施設はなく、ゴミや汚物(排泄物)は室内から街路に投げ捨てられていて、都市の衛生状態は劣悪だった。

  一方、11世紀まで大半が自然林に覆いつくされていたヨーロッパは、開墾や農耕の発達によって農地が急速に拡大して、森林の面積は急速に激減していった。膨張する都市の周囲では、生活や製造に使う薪炭のために近隣の森林が伐採された。フランスでは、平坦な土地からほとんど森林が消滅したという。
  こうした生態系の変動は森林の植生や生態系を破壊し、農村や都市の近傍にまで草地や笹地が広がって、荒れた環境で繁殖しやすいクマネズミの増殖をもたらした。そして、クマネズミに寄生するダニやノミ、シラミも。

  つまりは、感染症の蔓延を呼び込みやすい環境だった。

ペスト襲来

  そこに13世紀末から14世紀にかけて、農地の疲弊(連作障害や施肥不足)と気候不順にともなう凶作が繰り返すようになった。都市の民衆の食糧状態、栄養状態が著しく悪化していった。
  気候変動史の研究によると、ヨーロッパでは8世紀頃から始まった気候の温暖化が13世紀に終わり、そこから寒冷化が始まって19世紀まで続いたという。
  食糧供給と栄養状態の悪化によって免疫力・抵抗力の減退が深刻化し、餓死者の増加が目立つようになった。凶作によって食糧価格が高騰し、とりわけ衛生環境が劣悪な都市で民衆は深刻な健康と生命の危険に直面していた。

  そして、14世紀半ば、クリミア方面からペストがやってきた。遠隔地の人や財貨のの移動が活発化し、ことに通商船舶の船倉は、ネズミ(その寄生生物)のすみかだったからだ。
  黒海と地中海東部の貿易ルートに沿って、またたくまにペスト菌がイタリアとヨーロッパに広がった。これによって、人口学研究では、14世紀にヨーロッパの人口の30%が死滅したという推計が出されている。
  都市がいち早く成長し、人口に占める都市居住者の比率が高いイタリアは、ことに手ひどい痛手を被った。14世紀後半から末にかけて、波状的なペストの流行で、フィレンツェでは都市部人口のなんと75%が失われたという。

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