イタリア戦争とヨーロッパ 目次
ヨーロッパの地政学的構造の転換
君侯や領主たち
遠距離商業と都市の権力
「南の極」と「北の極」
都市支配型の経済から国家支配型の経済へ
都市を凌駕する王権国家
王室財政と都市=商業資本
イタリアの悲劇
イタリアの地政学
神聖ローマ帝国
都市国家群
教皇派と皇帝派の対立
地中海世界
イタリア社会の臨界点
異端運動と宗派紛争
国家の権力と教会の権威と
知識人専門家の登壇
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  イタリア戦争は、15〜16世紀の、構造転換しつつあるヨーロッパの政治的・軍事的環境のなかで繰り広げられた。この構造転換の背後にあるのは、資本主義的世界経済の形成だ。
  ここでは、そういう大きな文脈――世界経済の形成と軍事革命――のなかにマキァヴェッリが生きていた時代、彼が目のあたりにした時代を位置づけて考えてみよう。

  ところで、ここで「資本主義: capitalism 」とは、非生産階級が剰余価値をわがものとする、すなわち商品交換をつうじて貨幣形態で剰余労働を領有・支配する社会関係が社会の富と権力の配分を決定するシステムを意味する。
  そこには、剰余価値の領有・支配を可能にする権力関係や秩序――身分制度や封建法的関係、奴隷制や隷農制、近代的な賃労働などさまざまな労働形態――が内包されている。

ヨーロッパの地政学的構造の転換

  さて、イタリアの都市国家群をめぐる状況としてマキァヴェッリが認識していた兆候は、ヨーロッパ全域での政治的・軍事的環境の構造転換だった。
  ここで、私が「環境」と表現するのは、富と権力をめぐる人びとの争いや駆け引きを構造的に制約する場として、都市と商業資本の運動の場裏または生存環境として、ヨーロッパの社会構造を考究しようとしているからだ。
  12世紀から17世紀はじめまで、ヨーロッパの地政学のなかで最も強力な経済的にして政治的・軍事的な権力・影響力を行使していたのは、遠距離貿易商人(企業家)とその団体、そして彼らの権力の砦=結晶としての都市だった。
  君侯領主ではなかった。

君侯や領主たち

  というのは、以下のような文脈(根拠)においてだ。
  当時のヨーロッパは、数えようによっては700〜1,000にもおよぶ微小な地方的レジーム(政治体)、君侯・領主の支配圏域とか自治都市、教会所領など、に分断されていた。
  ほとんどの君侯・領主たちは通常、固定した統治の地理的中心(首都)をもたず、効果的な課税徴税を担えるような行財政装置を常備していなかった。もとより、貨幣単位での商業計算によって所領や支配地からの収入を把握することも、まずできなかった。どんぶり勘定だった。
  ゆえに、それほど長期の軍事活動を続ける財政的基盤もなかった。

  各地で王を名乗る有力な君侯の周囲には、その権威に従う領主や騎士たち、そして都市(商人団体)などが組織され始めていて、その身分代表がときおり集まっては王の課税や戦争について意見や同意を与えるための評議会(諮問集会)が開催されていた。
  有力君侯=王権としては、その名目的な支配地の統治のための費用は、だいたいはその直轄領からの収入でまかなっていた。だが、戦争など、それを超えるような出費が必要なときには、こうした評議会を招集して、それぞれの身分代表に特別の納税や賦課金納入を受け入れてもらうようにしていた。
  ことに有力都市からの税や賦課金は貴重で、王権はこうした運上と引き換えに、そのつどさまざまな特権(特許状)を与えていた。
  しかし多くの戦争の場合、そういう税や賦課金の収入ではとうてい足りず、その収入を担保にして王(王室の当主)が個人として有力商人から資金を借り入れることになった。
  戦役が長引いたり、戦果がおもわしくないときには、王室は支払い停止宣言(破産宣告)を出すことになった。王室金融はきわめて高利回りだったが、商人から見ると「ハイリスク=ハイリターン」の事業だった。ときどき発生する王室財政の破綻とともに、そのつど多くの金融商人家門が没落した。

  そして、王の権威は、その周囲に集合した貴族たちの同盟による同意の上に成り立っていた。国家の領土とか国境という制度も観念もなく、「王国」とは王国域内の貴族たちとのパースナルな臣従関係によって成り立っていた同盟にすぎない。
  貴族同盟が内部分裂したり、貴族の有力派と王とが利害対立すれば、それまでの王権は容易に転覆し、王位を持つ家系の交代(だいたいは王位争奪戦)がおこなわれた。
  君侯たちは王を名乗ってはいたが、きわめて貧弱な財政的基盤のうえに、そしてすこぶる脆い政治的・軍事的同盟のうえに、権力を保っていたにすぎない。

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