数日後、繁蔵は昏睡に陥ったまま死んでしまいました。
市兵衛は長三郎などともに五鉄に駆けつけ、簡単な弔いを済ませ、三次郎や彦十二に丁寧に礼を述べました。そして、壁川の源内への復讐を誓った。源内の隠れ家に討ち入って、繁蔵の仇を討とうというのです。
市兵衛は、討ち入りのメンバーを強引に集めることはせず、自ら本当に望む者たちだけを集めることにしました。
多くの手下たちは討ち入り参加を断り、駆けつけたのは、わずか数名でした。
盗人どうしの争いで仇討なんかはばからしいと断る者もあったし、年をとって引退した市兵衛にいまさら義理立てする理由もないと突き放す者もいました。
そこに、彦十が市兵衛に申し出て、「腕の立つ知り合いの貧乏浪人」を助っ人として加えることになりました。この木村忠右衛門と名乗る浪人が平蔵であることは、もちろんです。
平蔵がそういう運びに持っていったのです。
とはいえ、長谷川平蔵は蓮沼の市兵衛がどういう顔つきかを知らなかったので、不思議な縁を感じたかもしれません。
市兵衛の隠れ家、鞘師方に現れた平蔵と市兵衛が顔を会わせると、2人とも驚きました。
「あっ、あのときの」と両人。
「何だ、木村さん、知り合いだったのか」と彦十。
「いや、先日、この人に馳走になってな」と平蔵。
忠右衛門こと平蔵がすばらしく腕の立つのは、市兵衛自身が目の当たりにしています。市兵衛は、頼もしい助っ人の参加に大いに喜びました。
やがて、市兵衛たちは源内の盗人宿(潜伏先)を突き止めます。深川三好町、木場近くの釣道具屋でした。火付盗賊改方も、そこを突き止めました。
その夜、市兵衛一行と平蔵は、くだんの釣具屋の表と裏から討ち込みました。
火付盗賊改方は、平蔵の動きを援護し、逃げ出してきた賊どもを捕縛するために、遠巻きに釣具屋を包囲しました。
平蔵はいち早く釣具屋に踏み込んで、腕の立ちそうな者どもを斬り払い、追い散らして、市兵衛の仇討ちがしやすいようにしようと思っていました。が、市兵衛は自らの力で源内に挑もうとしました。
結局、思惑が交錯して屋内、屋外での乱闘になってしまいました。
そのなかで、市兵衛は二階で源内を見つけたのですが、その手下たちに取り囲まれて、腹を突かれてしまいました。
重傷を負った市兵衛が進退窮まろうとしたとき、平蔵が駆け上がってきました。源内の手下どもを斬り捨て、追い散らし、市兵衛を介抱しました。長三郎たちも駆けつけて、市兵衛を助け起こしました。
けれども、その隙に源内と取り巻きたちは階下に駆け降り、あるいは屋根伝いに路地に逃げ降りてしまいました。
その大半は、待ち構えていた火付盗賊改方の捕り方陣によって取り押さえられました。が、源内と手下3人は、木場の材木置き場に逃げ込みました。その後を平蔵と市兵衛たちが追いかけます。
ついに平蔵が手下を斬って、源内を取り押さえ、抵抗できないようにしました。そして、短刀を構えた市兵衛に向けて突き飛ばしました。
瀕死の市兵衛は、最後の力を振り絞って源内に突進して、胸に刃を突き立てえぐり回しました。源内は即死。だが、市兵衛も力尽きて倒れました。
長三郎たちに支えられた市兵衛は、平蔵に微笑みかけて語りかけました。
「鯵の水なますは、おいしゅうございました…ねえ…」
それが、最期の言葉でした。