あるときマイケルは、大学時代の同窓生だったジェイムズ・レスリック――今は「オールコム」という巨大システム会社のCEOとなっている――からシステム設計の依頼を受けた。
ところが、非常に大規模で複合的なシステムなので、研究開発・設計に2〜3年はかかるだろうという。そうなると、研究施設での暮らしは長くなり、完成後に消去される記憶量もかなりのものになる。
脳の機能の障害が発生するリスクも高いので、マイケルはいささか躊躇したが、巨額の報酬―― 9000万ドル+ボウナスで約1億ドル――に魅せられて引き受けることになった。
マイケルと研究所でいっしょに作業することになったのは、生物学(生化学)者、レイチェル・ポーター博士で、彼女はマイケルの記憶消去のための生化学的処置をも担当するらしい。
こうして研究開発が始まった。そして3年後、システムは完成した。検査も終わってマイケルの記憶も消去され、ようやく報酬を受け取ることになった。
その1週間前に、マイケルはオールコムからの報酬受け取りを管理する法律事務所でペイチェック――電子化された小切手だろうが――の処理方法つまり換金方法を指示した書面にサインした。報酬は現金とオールコムの株券で支払われるはずだった。
そして翌週、マイケルはローファームの会計課に報酬を受け取りにいった。
ところが、マイケルはそこで思いもかけない事態に直面した。
何と、1週間前、マイケルは自ら元金と株券の所有権(受け取り)を放棄していたのだ。しかも、その代わりにコインやサングラス、IDカード、銃弾1個、紙巻きたばこ1本など、価値のない小物20点ばかりを封筒に詰めて、自分宛てに保管し、期限後自分の住所宛てに郵送する手続きを取ったのだという。
「そんなばかな!」とは思ったが、自分のサインが残されていた。
なぜ、記憶を消去される前の自分が、なぜ1億ドルの有価証券を捨ててガラクタ同然の小物を受け取るように手配したのか。
困惑のうちに事務所を出たマイケルは、FBIに追いかけられて逮捕された。罪状は、国家機密と国有財産の強奪、すなわち反逆罪だという。
取り調べを受けているうちに、どうやら、マイケルを雇って新技術を開発させたジェイムズは、国家機密となっている情報を盗み出して、画期的なシステムの開発を企図したらしいことがわかってきた。
FBIのオフィスでマイケルは、最先端の生化学ポリグラフにかけられた。スキャナーが脳に内蔵されているあらゆる記憶を読み出すのだ。ところが、マイケルには、この3年間の記憶が残っていなかった。FBIの担当者は、マイケルの脳を破壊しても記憶の総浚いをしようとして、装置の電圧を目いっぱいに上げようとした。
マイケルの抹殺を謀ったというべきか。
しかし、「処刑の前の休憩」を与えられたマイケルは逃亡の方法を思いついた。紙巻きタバコを目いっぱいふかして、煙を火災感知・消火装置のセンサーに送り込んで混乱――エマージェンシー状態――を起こし、施設の電源を一時的に麻痺させた。暗闇のなかで逃走経路を見つけるのに、あのゴーグルが役立った。暗視ゴーグルだったのだ。
マイケルは、混乱する捜査官たちを出し抜き、逃走路を見つけてFBIから逃亡した。
そして、バスターミナルまで逃げると、封筒にあったバス便のティケットを使って、FBIの追尾の手を振り切った。
ところがFBIビルの外には、オールコムが雇った殺し屋がマイケルをずっと追跡していた。地下鉄に逃げ込んだマイケルを執拗に追いかけてきた。そして、殺し屋地下鉄の線路上で襲いかかってきた。マイケルは線路の上に追い込まれ、そこに電車が迫ってきた。しかし、そのときも封筒にあった金属製クリップを地下鉄電源の配電盤回路に押し込んで停電させ、マイケルは逃げ出すことができた。
こうして、マイケルは三度もすんでのところで危機を回避できた。そんな偶然はないはずだ。