「サンジャック」オマージュ 目次
宗教、日常生活、巡礼旅
「建前」と「本音」
キリスト教は一神教ではない
聖人列伝の体系
サンティアーゴへの道
人は巡礼をする動物である
長い冒険旅行
聖ヤーコブ伝説
何を求めて巡礼の旅をゆくのか
「聖なる巡礼路を行く」
 
サンジャックへの道 本編

民衆のキリスト教は「一神教」ではない

  私たちは、ヨーロッパの宗教文化としてのキリスト教は一神教で、一元的な価値観にもとづいている、というような宗教観を、学校教育やメディアをつうじて、押しつけられているが、そんなことはない。一般民衆はそんな堅苦しい宗教観や倫理観では生きていけないのは、洋の東西を問わず同じことなのだ。
  そのことの証左=象徴が、聖ヤーコブ=サンティアーゴをはじめとする聖人たちへの帰依や信仰なのである。

  原則上、仏教徒でありながら神社で神様に祈り、クリスマスにはキリストの誕生を(外見上だけ)祝う――というよりも楽しみの機会を増やしているだけなのだが――イヴェントにはまり込む…。そういう日本人は、没宗教的な態度の、いや信仰上のご都合主義の最たるものだ、というような自己省察はたしかに一面で当たってはいる。だが、大多数のヨーロッパ人とさしして変わるものではない。

  16世紀以降の「宗教改革」「宗教戦争」を経ることで、とりわけプロテスタント教会側各派は、唯一神への帰依と信仰を原則上、強く求め、偶像崇拝や迷信の禁止を主張してきた。が、それは政治的・軍事的紛争や社会紛争で勝ち抜くためのレトリックであって、日常生活の本音までが、そういう画一的な建前で染まっているわけではない。
  それほどヨーロッパの歴史と文化、民衆の生活の構造は浅くもなければ、単純でもない。もっとずっと複合的で洗練――より正確に言えば、雑多なものが巧みに混ぜ合わされ融合――されている。

  ローマ教会総本山ヴァティカンのお膝元で、宗教改革のフィクションにあまり深く影響されなかったイタリアの歴史と文化を見るがいい。古くからのヨーロッパの文化と生活はおそろしく重層的で複合的で、単純な「一神教」が支配できるほど甘くはない。

  そのことを聖人や守護聖人の文化が教えてくれる。

  ヨーロッパにおいて聖人とは、日本での八百万の神や仏教世界の多数の神の曼荼羅世界ときわめてよく似た、生活慣習、日常精神の構造の表現なのである。それは、キリスト教の諸聖典(新旧約聖書)が、多様な生活上の価値観によって語られた説話や伝説の混交からなる書物であるという事実とも重なっている。
  聖書――それはイスラムの聖典のひとつでもある――を独特のイデオロギーの立場から狭く偏狭な視野で読むと、一神教の教本に捻じ曲げられてしまう。素直に聖書を読めば、これほど多神教的でアジアやアフリカ、ヨーロッパの多数の神々や宗教慣行を描いた文書はないと気づくはずだ。
  古代インドの聖典以来、文字が普及した古代世界では、世界各地の説話や神話などを大らかに集めて編集して物語集をつくったのだ。その伝統はバイブルにも引き継がれている。
  ところが、キリスト教やイスラム教、ヒンドゥー教、仏教などの「世界宗教」「普遍的宗教」は、世界の各地方ごとに存在していた数多く神々を駆逐してしまった、というのは「原則」であって、むしろ例外だらけの原則なのだ。地方ごとの神々は、そういう世界宗教のさまざまな行事や慣習のなかに取り込まれ埋没しているだけだ。

  さて、中世ヨーロッパでは、古代からゲルマン諸族の局地的にして部族的な信仰を引き継ぎながら、土地ごと団体ごとに独自の守護聖人を祀っていた。ローマ教会は、キリスト教の伝道拡大のために、ゲルマニアやガリアの民衆伝承や慣習、伝説などを教会が認める儀式や世界観、生活態度のなかに取り込んできた。
  そうでもしなければ、――たしかに5〜8世紀にローマ教会の修道士たちがヨーロッパ各地で献身的に農地開墾や村落建設を支援し、ゲルマン民衆から尊敬を集めたとしても――ゲルマン諸族の異教徒にローマ教会の信仰を根づかせることはできなかったからだ。キリスト教が土着の民衆の精神生活の安定のために役立つようにするとすれば、彼らの精神の根っこにある素朴な信仰心や倫理観を無視して上から、外から権威や教義を押しつける方法はあまり効果を持たないからだ。

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