「サンジャック」オマージュ 目次
宗教、日常生活、巡礼旅
「建前」と「本音」

宗教、日常生活、巡礼旅

  「サンジャックへの道」はフランス映画に特有のエスプリで、現代社会の状況とサンティアーゴ巡礼ブームを交差させて描き出した。そこには、ヨーロッパ史の教科書とかマスメディアの報道が語る姿とはかなり異なった「本音のヨーロッパ」(歴史と文化)の姿が現れているように見える。そのことについて、少々考えてみよう。

「建前」と「本音」

  クララは、サンジャック巡礼を求める母の遺言に――遺産相続手続きと母の遺言を伝えに来た公証人兼弁護士の面前で――こう反発した。
  「学校にイスラム教徒の少女たちがブルカやスカーフを着用してくることさえ禁止しようとしている状況なのに、カトリックの迷信的な伝説にちなむ巡礼に参加しろだって!?
  できるわけないじゃない。どうやって休暇を申請するのよ」
  こういう意見が出るくらいに、フランス社会では移民系のイスラム教徒の慣習を非宗教化=世俗化しようとする「市民社会原則主義ファンダメンタリズム」が広がっている。

  もっとも、これは個人としての学校教員が宗教行事を理由とする休暇申請ができないということではない。クララはどうやら急進リベラルとしての立場を標榜してきたらしい。教員組合の活動にも関与してきた。
  そういう立場を表明してきたから、まさかカトリックの聖人墓所への巡礼旅を理由として休暇を取ることはできない、つまり政治的立場や見解からして、個人的な建前上――面目がつぶれるから――できないという意味だ。従来のアイデンティティ=自己主張との首尾一貫性が崩れるというわけだ。

  イスラム教徒のスカーフ禁止について、レトリック上は「非宗教化=世俗化」ということになっているが、じつはこれは、《市民化したヨーロッパの世俗文化》と移民系イスラム民衆の世俗文化との対立なのである。
  宗教の臭いが強い文化や慣習を「公共空間」から締め出そう、そうすることで、ヨーロッパ風に世俗化された「市民社会」の見かけ上の統一性を保とうということである。
  今ではイスラム教徒の慣習が矢面に立っているが、少し前まではカトリック教徒の(それに特有と解釈される)風習が批判され、公共空間から排除されていった。皮肉なこととに、それにはこれまた女性のスカーフ着用が含まれていた。カトリックが優越する社会でありながら、論理上、過激な「市民革命」を経験し、1968年には「反権威主義」の革命が起きたフランスならではの状況でもある。
  アメリカのようにプロテスタント系のファンダメンタリストがこれ見よがしに旧弊な態度を見せるのとは、大きな違いである。洗練されたフランス文化は、かたくなで田舎くさい宗教の臭いを発散させる慣習を「市民社会」から排除してニュートラル化しようというのだろうか。

  というようなしだいで、この映画でも、原則上の建前を互いに主張し論争し合うのが好きなフランス人像が前提ととされているのだが、この映画は、一方で原理原則を振り回しながら、他方でその場ごとに妥協や本音を吐露してご都合主義的に巧みに生き抜いていることを描き出している。
  たとえば、クララは遺産相続権を得るために、どうにかこうにかサンジャック巡礼に参加する。他方で、ラムジとサイードは自己の現生利益を求めてサンティアーゴ巡礼にちゃっかり参加し、しかもこの巡礼というキリスト教徒の慣習文化にさほどの違和感を感じることなく、むしろイスラムの巡礼や宗教慣習との共通性を発見していく。

  ところで、サンティアーゴ、すなわち聖ヤーコブは、イベリア半島でのレコンキスタ――イベリア半島の片隅に追いやられたキリスト教徒君侯領主たちが指導するイスラム討伐、領地奪還運動――では、イスラムを襲撃・討伐する軍勢の守護聖人=旗印にさえなった。もちろん、9世紀以降のイベリアのキリスト教徒たちが勝手に異教徒討伐の守護聖人に祭り上げただけのもので、聖ヤーコブ本人とはまったく関係がない。
  それにしても、イスラム教徒を追い詰めた守護聖人の墳墓への巡礼旅に2人のイスラム教徒のの若者が参加するという状況設定・人物設定は、聖人伝説とかこれにちなむ宗教的慣習がいかげんなものであって、今生きる自己のために巡礼旅に挑戦する若い世代の「新しい問題意識」は、旧弊な守護聖人伝説とは切り離して考えるべきだということだろう。

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