「サンジャック」オマージュ 目次
宗教、日常生活、巡礼旅
「建前」と「本音」
キリスト教は一神教ではない
聖人列伝の体系
サンティアーゴへの道
人は巡礼をする動物である
長い冒険旅行
聖ヤーコブ伝説
何を求めて巡礼の旅をゆくのか
「聖なる巡礼路を行く」
 
サンジャックへの道 本編

聖人列伝の体系

  というわけで、教会は旧約・新約聖書の物語に登場する人物をかたはしから聖人として認め、そこにゲルマン諸族の地方的・部族的神々や信仰を巧妙に織り込んで、ゲルマン土着の文化に教皇庁のお墨付きを与えてきた。
  カトリックの聖人は、各地からの推薦候補のなかからヴァティカン教皇庁の聖列評議会によって承認され決定されてきたが、各地の司教の判断によって誰を聖人候補に推薦するか決められた。そのため、布教のために迷信に近い土着の信仰が奇蹟の原因となったり、司教と君侯との政治的な妥協や力関係によって聖人候補が左右されたりした。
  こうして、本来のキリスト教に外的だった――本来は異教的な起源をもつ――ものごとにまで宗教的価値づけや意味づけ、位置づけを与えることで、キリスト教の権威がおよぶ世界を拡張してきた。そして、教皇庁は神学によって多数の聖人たちや秘蹟の序列化や相互関係を説明し、統合してきたが、それは事実上、多様なる現実の追認だった。
  とはいえ、聖人列伝を体系化し、信仰上の価値の中心にローマ教会の神と教説を置いたのはいうまでもない。

  ところで、ヨーロッパ中世の諸都市(都市団体)は固有の守護聖人を祀っていた。大きな町では街区ごとに団体があったから、街区ごとの守護聖人がいた。やがて、商人ギルドや職人ツンフトなどの同職組合が結成されると、組合ごとに守護聖人を祀り団体の集会所に祭壇を設けるようになった。
  都市領主たちは、多額の運上金と引き換えに同業組合団体の特権を認め、かつまた団体を課税・徴税の担い手として把握するために、同業者を同じ街区に集住させて自己統制させた。
  こうして、日本でいえば「飴屋横町」やら「鍋屋横町」とか「伝馬町」「鍛冶屋町」というような、街区ごとに同業者が整然と集住するような都市の制度ができあがった。
  それはまた、街区ごとに、団体ごとに団体内部の自己統治を制度化するものだった。となると、大きな町にはいたるところに、さまざまな守護聖人を祀り、信仰上の年中行事をおこなう、多様な自治団体を統治の仕組みとして、また教区や教会の運営スタイルとして確立していくことでもあった。


  一方、聖堂や修道院なども、本来は一般的なキリスト教の寺院というよりも、サンタマリアとかサンティアーゴとかノートルダムとかの聖人にちなんだ由来をもって設立された。やがて、大きな教会や聖堂には、あとから別の聖人の名も加わっていく。
  というのも、聖堂参事会は、都市やその周辺農村の各階層の名士や有力者を参加させることになるから、大きな影響力を獲得した団体が多額の寄付金を運動をともなって請願すれば、教会の権威を高めるためにも聖人のリストは増えるのが常だったからだ。
  こうして人びとは、さまざまな場面で多様な聖人の徳を讃え、加護や祝福を得ようと祈ることになった。
  年間のうち、今日は聖人誰それの記念日、あしたは…、来月は…というような歳時記は、季節や年間の生活リズムのなかに浸透していく。人びとは、多数の聖人を拝むことになる。
  あの聖人の日にはこれを願い、別の聖人の日には…と。
  こうして、日本での神仏習合や八百万神の信仰と近い状態と見ることもできる。日本の仏教でも原理論としては、たとえば真言宗では大日如来を中心とする宇宙観=曼陀羅の理論体系があるので、キリスト教の神学とさほどの差はないといえる。

  ゲルマン部族的・異教徒的な慣習が取り込まれたキリスト教の行事催事のうち、一番目立つのが「クリスマス」と「イースター」だ。
  12月25日はきわめて「冬至」に近い。ゲルマン諸族では、日照時間が最も短い冬至の直後、「太陽の復活」を盛大に祝う慣習があった。ゲルマン民衆をローマ教会の信者として取り込むため、ローマ教会はしだいに中東方面の暦法との違いや辻褄を無視して、冬至から数日後の日を「救済者キリスト」の誕生日に設定した。
  そして、キリストの復活の日、イースターを、春分から2週間ほど後の、ゲルマンの「春の大行進」祭りの時季にもってきた。

  してみれば、仏壇もあるし神棚もあるうえに、クリスマスを祝う日本の慣習とさほど変わりがないではないか。ただ、日本では、これらを統一的に論証・説明する神学教理がつくられなかったという違いだけだ。

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