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ある年、アメリカ合衆国の大統領選挙が始まった。
ところが、そんな選挙戦のさなかのある日、現職大統領の選挙スタッフはもとより、ホワイトハウスの補佐官、報道・広報関係のスタッフに非常招集がかけられた。再選をねらう現職の大統領が、こんな大事なときに、救いようのない破廉恥というか病的な行動をやらかしてしまったからだ。
ホワイトハウスの見学に訪れていたガールスカウトのメンバーのうち、13歳の少女を大統領が私室に連れ込んでセクシャルハラスメント(「いかがわしい行為」)におよんだというのだ。救いようのない事実!
普通なら、これで候補を降りるだろうが、この事件はすごい。陣営は選挙に勝つつもりでいる。
だが、被害者からの訴えや告訴はまだ起きていないし、マスメディアもまだ事件を嗅ぎつけていない。そこで、陣営は選挙とメディアの担当者を集めて、専門の対策班を組織した。何とかこのスキャンダルを市民(選挙民)やメディアの目から逸らして、再選キャンペインを有利に進めるための方策を検討した。
厚顔無恥の大統領とその側近、選挙参謀たちは、これだけのスキャンダルを引き起こしながら、それでもなお再選を狙おうというのだ。政治の世界のモラルやコモンセンスたるや、かほどに恐ろしい。
という映画のプロットが、「うん、あるかもしれない」と思われるから不思議だ。いや、過去には《クリントン・スキャンダル》があったくらいだ。
大統領府や政権がメディア操作による世論誘導と論点逸らしで世界戦略が転換し、戦争に突入した事例がある。――あのイラク戦争は、ブッシュ政権による虚偽の情報演出が国家の動きを誘導し、戦争を発動させ、イラクの国家秩序を破壊することになった。その結果、めぐりめぐって世界秩序や地域秩序を危機に陥れる事態を招くことになった。その危機のなかでもとりわけ中東地域の悲惨な現状を、いま私たちは眼にしている。
IS勢力の勃興でいま泥沼に陥っているイラク問題。この大混乱の直接かつ最大の原因は、合衆国の対イラク戦争だった。この戦争は、アメリカ大統領府が、CIAや国防総省、NSCなどの主要な国家装置を総動員して――イラク政権が大量廃兵器を実戦配備しようとしているという――虚偽の広報作戦と世論誘導をおこない、自ら誤った状況判断にもとづいて、いわば自縄自縛、集団ヒステリーのような状態で突入した戦争だ。
その誤りは、いま誰の目にも明らかになっている。
前の国防長官や現副大統領が、軍産複合体の中核を担う巨大兵器会社の重役や顧問だったから、ペンタゴンの兵器の過剰在庫品を一気に処分する(ゆえに、新たに大量に調達する、兵器会社は巨額の利益を享受する)ためだった、と揶揄する指摘もある。
とにかく、そのくらい倒錯し歪んだ情報操作、捏造によって、開戦の理由が演出された事件だ。しかも、これによって、イラクでは多数の人びとが命を奪われ、住宅や生活を破壊され、近隣社会が崩壊してしまったのだ。
この戦争を導いたアメリカの大統領と政治指導者たちのほとんどは、任期末期まで恥らうこともなく、のうのうと地位を保っていた。
この映画が描くような社会と政治、メディアの絡み合いのメカニズムが、ある程度は――ただし、ずっと洗練された姿で――はたらいているのかもしれない。