ワグ ザ ドッグ 目次
しっぽよ犬を振り回せ
原題と原作について
見どころ
現職大統領はロリコン
争点をプロデュースせよ
トラブルシューター
演出はプロデューサーにまかせろ
演出される「アルバニア危機」
カウンタームヴメント
手を変え、品を変え
CIAとの対決
「シューマンを救え!」
「アメリカはシューマンを悼む」
大統領、再選を果たす

「アメリカはシューマンを悼む」

  絶対に敗北や挫折を認めないモッツは、シューマンの死を逆手に取ることにした。
  「アメリカの平和と正義」のために尊い命を捧げたシューマン軍曹を国家が追悼する大式典を「映像的に」演出することにしたのだ。
  この段階では、「アルバニア危機」や「難民救出」などの以前の問題はどうでもよくなってしまった。そもそも何が原因で、そして何の目的のために、1人の兵士が「戦場に赴き」「置き去りにされ」「生還寸前に非業の死を遂げた」のかは、次々に押し出される「映像の洪水」の前にどこかに押し流されてしまった。
  もともとそんな事件はどこにも存在しなかったのだ。虚偽情報を次から次へと反乱させたので、もはや虚偽を取り繕う意味すらなくなってしまった。
  合衆国のあちこちで、街路樹の枝や電線、街灯や信号灯に、たくさんの古びた靴が投げ上げられるというブームが「一時的に」起きただけなのかもしれない。そう、大統領選挙の期間にだけ。

大統領、再選を果たす

  ともあれ、大統領選挙の開票結果が出る日がやってきた。
  何と、現職大統領が再選されてしまった。醜悪なロリコンで、恥知らず、人格陋劣な人物が、またもや4年間、ホワイトハウスの主におさまるというわけだ。
  セクハラ事件は、メディアのほんの片隅で扱われただけだった。「大統領の人格性」は、ほとんど争点にはならなかった。
  そのテレヴィニュウズを、ブリーンとモッツは感慨深げに眺めていた。コンラッド・ブリーンは、トラブルシューティングがまた1件片付いた、と心穏やかに満足していた。
  だが、心穏やかならぬのはスタンリー・モッツ。彼はいわば、大統領再選というドラマの影の演出者のはずだった。
  ところが、とんでもない情報ミスリーディング戦略を駆使して、マスメディアの攻撃を回避して、大統領の危機を救ったモッツの手腕、アイディア、ストーリーテラーとしての能力と実績は、いっさい公表されることはない。それが、この仕事を引き受ける条件だった。
  彼の実績はどこにも表記されない。その代わり、大統領は、モッツをどこか外国に派遣される大使に任命することになっている。

  だが、こうして作戦が当たって、大統領が再選されてみると、映像クリエイターとしての名誉に飢えているモッツは、どうしても自分の名前を出したくてたまらなくなった。
  で、テレヴィを見ながら、「この作戦の企画実行したのは私だ。この事実を公表する」と息巻いた。ブリーンは反論した。
「約束が違うじゃないか。名前は出さない約束だっただろう。大使の身分がほしくないのか」
「いやだね。大使職なんかいらない。私は、この作戦の創作者としてのクレディットがほしいんだ」
  モッツは、ブリーンを振り払って出ていってしまった。
  当惑するブリーン。

  だが、すぐ意思を固めた。部屋の隅に控える男に目顔でうなずいた。その男は、大統領府が密かに雇った「工作員」だった。彼の背後には、「国家の名誉と安全」を守り抜く情報作戦と秘密工作を担う組織が控えていた。
  数日後、ビヴァリーヒルズのスタンリー・モッツの邸宅で、モッツが急死した。プールで急性の心臓発作を起こしたという。ブリーンの命令で暗殺されたのだ。
  これで、「アルバニア危機」から「シューマンを救え」にいたるキャンペインを計画・遂行した中心人物が消えた。それゆえ、とんでもない破廉恥な行為が発覚することなく大統領が再選されるにいたった「裏の事情」を知る「一般人」はいなくなった。
  してみれば、モッツは彼らが流した虚偽情報と同様に使い捨てられるべき駒、捨て駒の1つにすぎなかったのだ。

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