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現職大統領の陣営が打ち出した方針は、何はともあれ、メディアと敵対陣営がこの「未成年者セクハラ事件」を嗅ぎつける前に、先手を打って情報戦を展開して、メディアと世論を混乱・攪乱し、あらぬ方向に論点=争点を持っていくしかない、というわけだ。
ところが、ニーズあるところ(これに資金がともなっている場合)に商売あり。
大統領府は、トラブルシューターというべきかダストシューターというべきか、とにかくこの手の専門家をただちに招聘した。その名は、コンラッド・ブリーン。
ホワイトハウスが呼び寄せたこの男、政界、官界、財界、報道・テレヴィ・芸能界、そして裏の世界(政府の情報機関も含む)の人脈と情報にめっぽう通じたフィクサーだ。
ホワイトハウスの対策班は、この男の指揮と助言のもとに、じつに怪しげな作戦を展開することになった。ブリーンのパートナーに選ばれたのは――いや、面倒な役を押し付けられたのは――、下っ端の女性補佐官補ウィニフレッド・エイムズ。彼女は離婚後1人で愛児を育てている。
いやな役目だが、現在の名誉と高給に恵まれた職を失うわけにはいかない。立て続けに起きる混乱とハプニングにめげずに涙ぐましい奮闘を見せることになった。
ブリーンが立案した対策は、ハリウッドのプロデューサーを雇って架空の「大事件」をでっち上げて、メディアに流すというものだった。ブリーンいわく。
「もし尻尾が犬(本体)よりも知恵が回るならば、尻尾が犬を振り回すことになるのさ」
で、対策ティームが雇ったのは、ハリウッドのやり手プロデューサー、スタンリー・モッツ。ビヴァリーヒルズの大邸宅に住んでいる。映画化監督やスポンサーが求める、どんな場面、どんな状況でも映像化してしまうという手腕を誇っている。
ただし、彼の名前も著作権も創作能力も、映画や番組のクレディットに登場することはない。その手腕は、視聴者や観客に知られることはない。
莫大な報酬は手に入るが、モッツには創作者としての名誉、アイディアの立案者としての評価を獲得することはない。あくまで、影の存在なのだ。ゆえに、スタンリーは、名誉と評価に飢えている。金はいやになるほど稼いだが、表向きの名声や名誉はまったく手に入れていないのだ。
彼らが考えた「大事件」とは、「アルバニア内戦の危機」だった。独裁政権が民主化勢力を武力で封じ込め、内戦になろうとしている。合衆国政府は、アルバニアの民衆と民主主義を擁護するために、軍を派遣しようとしている、という状況設定だという。
海外に切迫した危機が発生して、アメリカ合衆国がこの危機に対処しなければならない。とすれば、大統領のセクハラスキャンダルなんかは、端っこに吹き飛ばされてしまう。という情勢にもっていこうという狙いだ。
状況設定が決まると、スタンリー・モッツは、彼の常連ティームの参謀格2人に声をかけて呼び寄せた。すぐにファド・キングとジョニー・ディーンが合流した。この2人、「火のないところに煙を立てる」名人だ。
モッツとこの2人は短時間のブレインストーミングで、またたくまにアルバニアの危機を演出するシーンの台本をつくり上げてしまった。