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CIAの追及をかわしているあいだにも、モッツたちは次のキャンペイン(捏造情報の物語)を考え出していた。
「アルバニア問題なるものに合衆国軍は関与していない」という公式発表を、逆手にとって、特殊な軍事作戦は途中まで遂行されたのだが、急遽、軍は撤収することになった、という話にすり替えた。そして、そのため、兵士1人が取り残されて消息を絶ったことにし、「その兵士を救出しよう」という世論を喚起し、「愛国心」を鼓舞しようというキャンペインを企画した。
敵戦線の向こう側に取り残され、忘れ去られようとしている兵士を救出せよ、というわけだ。
このキャンペインで彼らは、「1人の兵士を救出しよう」という意思を表明するための象徴的な行動を一般民衆に呼びかけることにした。「誰にでもできる象徴的な行動」とは何か。
モッツたちはまたもやブレインストーミングで知恵を搾り出した。
「古びた靴」は捨てられ忘れ去られてしまった。だが、その靴を思い出し、取り戻そう。とすれば、その兵士の名前は、靴( shoe またはドイツ語の
Schuh )をただちに連想させる名前でなければならない。「靴(シュウ)を思い出せ」「靴(シュウ)を取り戻せ」というスローガンにピッタリはまる名前だ。
シュウメイカー、シュウマッハ、…。コンラッド・ブリーンは軍の人事部門に至急の調査を依頼し、「シュウ」が愛称となるような名前の兵士で、このキャンペインに利用できる者がいないか。できれば、その男は現在、病院などにいて一般兵士から隔離されていることが望ましい、と。
で、象徴的な行動とは、使い古した靴(左右の靴紐を結んで)を投げ上げて、木の枝や電線などの高いところに引っかからせる、というものだ。モッツたちは、街のいたるところで、街路樹や電線の下で靴を投げ上げることにした。そのためのサクラも雇い入れて、古靴を投げ上げて電線に絡ませるブームを誘導しようとした。
さて、軍の軍事部門が愛称シュウにふさわしいとして推薦してきた兵士は、現在、軍の刑務所(懲罰房)に入れられている兵士、ウィリアム・シューマン軍曹( Sgt. Schuman
)だった。
その軍刑務所は国内の遠隔の地にあった。ブリーンとモッツ、ウィニフレッドはチャーター航空機でシューマン軍曹を迎えにいった。首都に連れて帰れば、「敵戦線の向こう側から帰還した英雄」=シューマンを出迎える、仰々しい歓迎式典が待っているのだ。
ところが、このシューマン軍曹は、精神の平衡を失っていて偏執狂。偏執=妄想や突発的な衝動が原因で、これまでに殺人、暴行傷害、強姦などの犯罪を繰り返していた。そのため、軍刑務所では、薬物療法を受けながら、身体を拘束具で束縛されて独房に入れられていた。軍の人事部は、とんでもない人物を推奨したものだ。
シューマンは、薬の効果が切れると、変質的な妄想が始まり、手のつけられない暴走が始まる。なにしろ、身長が2メートルの大男で筋肉の塊だから、大変なことになる。
対策ティームのご難はそれだけではなかった。
帰途に着いた飛行機が遭難して、荒涼とした平原に墜落一歩手前の不時着。彼らは、辺鄙な草原を徒歩で横切って、ある農家にたどり着いた。
ところが、ちょっと気を抜いた隙にシューマンが家を抜け出して、この家の娘を襲おうとしたらしい。未遂に終わった。というのも、娘の親、つまりこの家の主が、娘に危害を加えようとする大男の兵士を散弾銃で撃ち殺してしまったからだ。シューマンは、盛大な歓迎式典を目前にして、自業自得の無残な死を迎えてしまった。
こうして、モッツたちが企画した「シューマンの生還」という大イヴェント計画は、主人公を失って雲霧消散。やり手プロデューサーのプロジェクトは頓挫したかに見えた。
だが、モッツいわく、「逆境こそ、腕の見せ場なのだ。あきらめないぞ!」。