今回取り上げるのは、『ターゲット』というブリテンの作品。ブラックなピカレスク・コメディーだ。「ピカレスク: picaresque ――もともとはフランス語からの転用――」というのは悪漢や犯罪者を描いた物語のこと。
コメディタッチで描かれるのだが、皮肉たっぷりの喜劇仕立てになっている。もちろん犯罪者を主人公にしているのだから、世間一般の倫理観や正義感なるものはどこにも欠片すらない。
2010年公開作品だが、じつはフランスの映画 Cible émouvante, 1993 という悪漢喜劇をブリテンを舞台に翻案・脚色したもの。原題を直訳すると「心を奪われるほどの(魅力的な)標的」となるが、公開時の邦題は『めぐり合ったが運の尽き』だという。この映画はまだ観る機会がないので、海外サイトで大雑把なあらすじと評判を知る程度だが、フランス版の方が面白そうな気がする。
さて『ターゲット』の英語原題は Wild Target で、息を考えると「じゃじゃ馬の標的」「手がつけられないほど《はすっぱ》な標的」というほどのものか。主人公の一流の殺し屋が、暗殺の標的を狙う機械やタイミングを逃しているうちに、偶然、命を助けることになり、しかもやがてその標的の魅力の虜になるというラヴ・コメディでもある。
何ごとも理詰めで考える超一流の殺し屋、ヴィクター。今度の契約で殺害の標的となったロウズという若い女性に振り回されることになった。
ロウズは破天荒な美女で、いささかぶっ飛んだ「じゃじゃ馬」「はねっかえり娘」なのだ。半ば快楽目的で詐欺や窃盗を楽しんでいる。
ロウズは、レンブラントの絵画の贋作を、これまたいささかキレた美術品フリーク――ギャングの親分――に騙して売りつけて、代金100万ポンドを詐取したのだがバレたために、殺し屋に命を狙われることになった。
さて、命を狙われる立場になったロウズ。かなりぶっ飛んだ若い女性で、趣味は泥棒と詐欺。それも、快楽を感じるから窃盗や詐欺で人様の財産を奪うのだ。罪悪感はまったくない。
さて、何ごとにも「転機」というものがある。あるいは、どんな名人にも「スランプ」はある。ヴィクターにとっても。
まあ、ちょっとしたタイミングの問題、わずかな偶然のなせるわざなのだろうが。
ロウズの殺しの依頼の直前から、ヴィクターの身の周りで「ちょっとした変異」が起きて、彼はいく分「内省的」になっていた。
ヴィクターがロウズ暗殺のタイミングを逃しているあいだに、ファーガスンは痺れを切らして、別の殺し屋にロウズの始末を依頼した。
だが、暗殺機会を探るためにロウズを監視していたヴィクターは、ふとしたきっかけで新たな殺し屋を邪魔してロウズを助けてしまった。しかも、ロウズはヴィクターを私立探偵と勘違いして、自分のボディガードになるように頼み込んできた。
そして、ロウズの仲間とみなされたヴィクターはファーガスンから命を狙われることになった。そこにホームレスの青年も加わって、3人の奇妙な逃避行が始まった。
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