スコットランドヤードの公安対策部で国外の組織暴力対策を担当しているジューリー・ヘイルズ主任捜査官は、ロシアンマフィアがブリテンに密輸出しているヘロイン――タジキスタン産――の密売ルートの摘発と壊滅作戦を指揮していた。
その日も、ロンドンのイーストエンドの古い工場跡まで、国内の密売組織のリーダーたちを追跡してきた。ところが、容疑者拘束に出ようとしたところで、近所の少年たちが工場跡に闖入してきたために、少年たちを人質・楯にとった密売団との銃撃戦にはまり込んでしまった。
しかも、工場跡には廃油(軽油か)が野ざらしにされていたために、銃弾が当たって爆発的に燃え出し、部下の女性刑事一人が全身やけどを負うはめになった。
とりあえず今回は密売団は全員拘束したが、いわば後手に回った対症療法にすぎない。大量のヘロインが流れ込んでくる限り、密売団の跳梁は避けようがない。
そこで、ヘロインの密輸ルートを追跡調査したところ、ロンドン港の埠頭に到着した船舶から、在タジキスタン領事館からの荷物(外交行嚢)として陸揚げされ税関を通らずに送られてくること判明した。
このルートを組織する黒幕は、ロシアンマフィアの1つ、セルゲイ・クルーショフのファミリーだった。
セルゲイの組織は、ブリテンの外交官を抱き込んで、タジキスタンのドゥシャンベからの外交行嚢――外交特権を付与された貨物荷――に大量のヘロインを忍び込ませていたのだ。
そして、この犯罪組織に抱き込まれた外交官は、ドゥシャンベ領事館の財務会計担当の一等書記官、イアン・ポーター。エリートだ。近頃、ドゥシャンベの歓楽街で酒と女に溺れ、セルゲイから多額の賄賂を受け取っているらしい。
外務省はスコットランドヤードの外事部から通告を受け、適当な理由をつけてイアンを召還した。
ジューリー率いる警察は、ヒースロウ空港でイアンを逮捕した。そして、司法取引を提案した。
セルゲイが首領となっている犯罪組織についての情報提供と引き換えに裁判を受けることなく証人保護手続きによって保護しようというのだ。
■証人保護プログラム■
ところが、イアンは提案を拒否した。しかし、ブリテン国内で麻薬と密売組織が摘発され訴追された以上、公開の裁判となることは避けられない。そうなると、イアンは検察側証人として法廷に召喚されて厳しく尋問されることになる。場合によっては犯罪者として刑事罰――訴訟への協力で減刑されるだろうが――を受けることになる。
その場合には、ロシアンマフィア側は、イアンがいつ密輸ルートや犯罪事実を証言するか知れたものではない。彼らはイアンを抹殺にかかるだろう。
というわけで、イアンは裁判まで証人保護プログラムを適用されることになった。
そして、イアンは、離婚した妻、ピッパを今でも愛しているようなので、彼女もマフィアによる拉致――イアンを脅す人質とするため――を防ぐために、イアンとともに保護されることになった。ピッパ(すごい美人)は大学の講師をしている。
スコットランドヤードは、ブリティッシュ・コモンウェルスを構成するオーストラリアにイアンとピッパの保護を依頼した。ただし、保護の必要性について、ブリテン側はオーストラリア側に虚偽の理由を説明した。
ロシアンマフィアとか麻薬密輸組織との関係する犯罪の証人としてではなく、金融犯罪の証人――犯罪の証拠を保有する銀行員――として保護を申請したのだ。
直接には、シドニー市警察局が、市内の住居に警護担当の警察官をつけてイアンとピッパを保護するという段取りになった。だが、ブリテンとの国家間司法協定が絡むので、オーストリア連邦警察組織と首相府がバックアップすることになった。あくまで形式的な手続きなのだが。