MI6 沈黙の目撃者 目次
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麻薬貿易とブリテンのエリート

  ところで、ブリテン国家の情報機関のエリートが、行方不明になった小型核兵器の捜査のために、あえてロシアンマフィアに国内への麻薬の大量密輸ルートをつくらせたという、この筋立てはありそうなことなのだろうか。フィクションとはいえ、そういう想像をさせるような歴史的経験がブリテンにはあるのだ。

  世界で最初に、世界的規模での麻薬貿易ルートを系統的に組織して膨大な利潤を獲得する仕組みを開発したのは、ブリテンのエリートだった。その仕組みは、麻薬貿易で得た利潤をヨーロッパやブリテン域内での金融資本、商業資本や産業資本の権力の拡大に活用するメカニズムだった。
  その仕組みを開発したのは、ブリテン国家――王室とシティの金融商人、貴族連合、特許会社――だった。
  すなわち、ロンドン東インド会社――王室は特許状を付与し、利潤の分配に参加していた――の経営である。

  ただし、アジア貿易のための会社の資金繰りが相当に逼迫した結果、アヘン貿易で中国から利潤を引き出して貿易赤字を補填していたのだが。そして、経営危機が進んでいたため、ブリテン中央政府が東インド会社の経営に監視と統制介入を強めていた時期の事件だった。
  その結果、1840〜42年にアヘン戦争を引き起こし、それをきっかけにブリテン国家による中国の植民地化への動きを呼び起こすことになった。

  1600年に設立されたこの会社は、王室から特許権を受け、シティや地方の富裕貴族たちから、さらに一般市民からも出資を募り、世界貿易のネットワークを組織した。ブリテン中央政府をはるかにしのぐ艦隊を保有し、海外貿易活動のなかで、あるいは国外の貿易拠点や進出地を統治するための独自の陸戦部隊と裁判権を持っていた。
  17世紀末からは、インドでの香辛料、茶などの特産品の買い付け代金が不足したために、インドやアフガニスタン産のアヘンを買い入れて、中国やインド、東南アジア諸地域で売りさばくようになった。ことに中国には茶の買付けのために金による巨額の代金を支払っていたが、その見返りに中国に輸出できるさしたる商品がなかったのだ。


  ところで、東インド会社は、ブリテンによるインド植民地支配全体の安定を考えずに、会社の幹部や軍が各地で勝手に戦争を引き起こしたり、地方太守や領主と癒着して会社の利権漁りをしたりしたために、その乱脈な経営に本国で強い批判が起きた。そのために、18世紀をつうじて本国中央政府の干渉や介入を受け、やがて「国有化」され、1858年に解散した。
  会社の権益はそっくりブリテン国家の中央政府・議会によって統制され、インド支配は植民地省によって管理されるようになった。本国の海軍の2倍以上の規模の艦隊も統合された。
  ところが、インドやアジアに対する支配と収奪はなくなったわけではない。国策会社から議会や内閣の統制を受けた中央政府の公式の任務になったのだ。外観上は独占貿易から自由貿易への転換に見えるこの動きは、アジア・インド市場へのブリテン市民の自由な貿易参加の機会を生み出したわけではない。しかも、ヨーロッパ列強による海外植民地獲得競争は特許会社ではなく、直接国家装置が担うようになったのだ。

  だがそれにしても、アヘン貿易の仕組みや利権は、会社が解散してからも、ブリテンの植民地支配の不可分の要因として継続した。麻薬資金の管理は、国家の政府の正規の仕事になったのだ。
  19世紀になって、中国・清朝政府が麻薬貿易・密売に異議を申し立て規制に乗り出したため、ブリテン政府は、戦争(アヘン戦争)を仕かけて、中国の植民地化・分割の先鞭をつけたのだ。
  マニーローンダリングを発明したのもブリテンのエリートだった。海外での植民地支配や強奪、収奪で得た利潤資金は、為替制度をつうじてロンドンに送られシティの株式市場や金融業務に流れ込んだ。血にまみれた資金は、ブリテンの工業企業や貿易会社、金融会社の成長を誘導する資本となったのだ。

  いや、「汚い金の洗浄マニーローンダリング」という言い方は正確ではないかもしれない。
  彼らは中国やアジアでの「麻薬売買・麻薬貿易」を王室政府から公式に認可された「正規の事業」と見なしていたから、「汚れた資金」とは意識していなかった。だから、堂々と利潤をブリテン国内に送金して、金融業や貿易業、製造業に投資して、巨万の富を得た。
  ダイアナ妃の生家、スペンサー伯爵家門は、もともとこの東インド会社の役員として活躍――暗躍――して成り上がった先祖が、王室から麻薬売買の実績を高く評価されて、貴族として授爵されたのが始まりだという。
  王室やそのほかの有力貴族家門の豊富な富の相当部分が、この「麻薬資金の循環」の仕かけのなかから紡ぎだされたわけだ。
  というような文脈では、伝統的にブリテンのエリートは麻薬貿易に関しては、「寛大な心」を持ち合わせているのかもしれない。

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