演技方法と物語性 目次
「真に迫る演技」とは何か
物語性と演技との関係
演技とは何か
人物造型を表現する演技法
人物像を演じ切るために
人物のぶつかり合い
『大誘拐』の人物たちと演技
人物像・存在感と演技

『大誘拐』の人物たちと演技

  映画『大誘拐』を素材にして、主要人物=意思・意識の絡み合い・ぶつかり合いの構図をざっと見ていく。DVDなどで映像をご覧になって、その場面ごとの人物たちの演技――顔つき表情や言動、雰囲気など――とかかわり合いをとくと吟味されたい。

@もともとの誘拐団の3人の若者:
  孤児として育った元スリの若者(風間トオル)が率いる若者3人組が、服役後の社会復帰のために「まとまった金」を手に入れようと、大富豪のおばあちゃんの拉致を企む。だが、誘拐計画の精神は「フェアプレイ」である。
  首謀者の青年は、誘拐の相手であるおばちゃんを心から尊敬、敬愛している。がゆえに、誘拐対象に選んだのだ。

  ところが、紀州の山地のおばあちゃんの邸宅を見張って、おばあちゃんの行動様式を探り、誘拐のチャンスをうかがって3か月近くが過ぎた。炎天下や大雨のなかで見張りを続け、何度も失敗を繰り返したあげく、ようやく9月の末になって山林視察の山歩きに出たおばあちゃんを捕える好機を手に入れた。計画や目標に対して、そこまで苦難に耐え、愚直な努力を毎日続ける若者たち。
  家庭や仕事に恵まれなかったために前科者となったが、まっすぐで素直な青年たちだ。


Aおばあちゃん:
  おばあちゃん=柳川とし子(北林谷江)は、ひどい夏痩せで体重が激減したために自分がガンになって余命いくばくもないと勘違いし、紀州の広大な山林資産が相続税としてあらかた国に持っていかれることに嘆き憤った。というのも、国はかつては太平洋戦争で愛する息子2人と娘1人の命を取り上げたのだから。
  お国は「国益のため」ということで子どもたち3人の命を取り上げたうえに、今度は大事に育てた山林を税として取り上げようとしている。こんなふうにお国から奪われるだけの人生で終わっていいのか、と反骨心を奮い起こした。
  普段は上品で穏やかなおばあちゃんだが、何百億円もの柳川家の数多くの従業員とともに資産を育て守ってきた優れた経営者でもある。和歌山県内の有力企業群の大株主でもあり、人脈も広いし、金の使い方もわきまえている。気骨を見せて人生の晩年に行動し、何かを残していきたくなったのかも。
  そんなおりに、彼女を誘拐しようという3人の若者たちが降って沸いたように現れた。誘拐を機に、頼りない跡継ぎたちの性根を鍛え直し、税として取り上げられる分を削ってお国にひと泡吹かせてやろう、と企んだ。巨額の身代金の調達にさいして、課税をめぐる「国のお目こぼし分」を最大限利用してやろうというのだ。


B和歌山県警本部長の井狩大介:
  和歌山県警の本部長、井狩大介(緒方拳)は、大学卒業までの学資をそっくり柳川とし子刀自の援助でまかなってもらったため、おばあちゃんを人生の大恩人と敬愛してやまない。その大恩人を誘拐した犯人たちをとことん追い詰め捕縛してやろうと意気込む。
  腹の据わった、洞察力と行動力では飛び抜けた人物。警察内での昇進競争を実力で勝ち上がった人物で、大組織の指揮運営にも長じている。
  しかし、事件は警察側の完全な敗北で終わった。捜査作戦は裏をかかれて身代金は奪われて、行方もわからない。おばあちゃんは誘拐団の約束通り無事に帰された。が、警察は容疑者の特定すらできなかった。

  ところが、誘拐事件を捜査していくうちに、誘拐から身代金の受け取りまでの計画に「悪賢い犯罪者」ではなく「王者の風格」の匂いを嗅ぎつけた。
  事件後しばらくしてから、井狩大介は、誘拐計画を途中から乗っ取って、空前のスケイルの大戦略を繰り広げたのは、おばあちゃんではないかと気がついた。

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