「サンジャック」オマージュ 目次
宗教、日常生活、巡礼旅
「建前」と「本音」
キリスト教は一神教ではない
聖人列伝の体系
サンティアーゴへの道
人は巡礼をする動物である
長い冒険旅行
聖ヤーコブ伝説
何を求めて巡礼の旅をゆくのか
「聖なる巡礼路を行く」
 
サンジャックへの道 本編

NHK BS「聖なる巡礼路を行く」を観て

  2020年5月から6月にかけてNHK BSプレミアムで「聖なる巡礼路を行く カミーノ・デ・サンティアゴ 1500キロ」という3回シリーズの番組が放送された。これは、エスパーニャ、ガリーシア州サンティアーゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路の旅を初めて日本で本格的に取り上げたプログラムだ。
  BSプレミアムでは「一本の道」というシリーズがあるので、私としてはそのシリーズでサンティアーゴ巡礼路を取材してくれないだろうかと願っていたので、特集3回シリーズで採録してくれていて、大変にありがたかった。
  1回目「宗教の道」はルピュイからピレネー山脈の手前までのフランスの巡礼路の旅、2回目「肉体の道」はピレネー越え、パンプローナの街歩きを含めてエスパーニャ路前半の旅、3回目「魂の道」は古都レオンからサンティアーゴ修道院、そしてフィニステーレ岬への旅となっていた。
  このサイトでは、フランス映画の物語をあつかっただけで、サンティアーゴ巡礼の旅それ自体をあつかったものではなかったし、その詳しい事情について私は知らないので、非常に貴重な情報を得ることができた。そこで、今回、その番組に関してここに1ページを追加することにした。

  このNHK番組でも、フランスのオートロワールのルピュイから出発して西フランスとピレネー山脈を越えて、エスパーニャのナバーラ州パンプローナを経由してサンティアーゴ・デ・コンポステーラまで巡礼旅を取材するものだった。ということは、映画で描かれたルピュイからの巡礼路がフランスからの道としては、現在、最も定番で人気があるコースとなっているという状況を物語っているのだろう。
  番組で取り上げた巡礼路はエスパーニャでは「フランスの道」「フランス人の道」と呼ばれているようだ。
  この番組では、「コンポステーラ」の意味を「星の野原」「星の広場」と解釈しているようだ。そして、星とは「神による導きの星」を意味するらしい。すなわち、パレスティナでユダヤ王の迫害で死亡したヤーコブの遺骸を弟子たちが船で運びだしたが、その行方は謎のままだったところに、天啓があってイスラム勢力によってイベリア北部に追い詰められたキリスト教徒がヤーコブの遺骸を発見した。それが聖地巡礼の起源となったという伝説を土台にしているようだ。

  さて、この番組の素晴らしさは、エスパーニャ、マドリード在住の日本人グラフィックデザイナー(篠原勇次さん)が自らおこなった巡礼旅を追いかけながら、彼の目を通して、巡礼旅の道と巡礼者たちの体験や心の動き、巡礼路の山や農村、街々の地理と歴史、風物を描き出したところにある。
  中世からの農村や小都市を経ていく巡礼路、鄙びた集落にある礼拝堂・教会めぐり、出会った旅人個々人の人生の断面を描きながら、巡礼者に宿泊や食事のサーヴィスを提供する安価な宿舎――フランスでは gite 、エスパーニャでは albergue 、人びとの善意やヴォランティアに支えられている――の仕組みなども紹介されていた。エスパーニャでは夕食付き一泊が1500〜2000円程度の安いアルベルゲがあるらしい。
  映画『サンジャックへの道』が制作されてから20年近く経ている現在では、巡礼の旅人を支援する仕組みがかなり整ってきていて、映画でのようにインストラクターが引率するグループの旅から、個々人が参加する形が主流になっているようだ。それでも、1か月余りも歩く長旅なので、歩きのペースや話が合う相性などで自然発生的に個々人が集まって、日ごと、週ごとに小さなグループができるらしい。やがて別の人びとと仲間になり、そしてある日、宿舎で前の仲間と再会を喜ぶ、そんな離合集散の旅なのだとか。

  1回目のフランス国内の旅(道のり約600キロメートル)では、篠原さんはフランス人の元レストラン経営者(40代半ば)の男性と出会って、何日か巡礼旅の友となった。彼はたぶん勤勉でやり手のオウナーシェフだったのだろう。休むこともなく仕事中毒のような働きづめで、先頃ついに心臓疾患に陥って倒れたという。入院治療の後、レストランを手放して、生き直すために巡礼旅にやって来た。
  彼と篠原さんは、遍路道やその近くにある小さな礼拝堂を訪ねて回ったようだ。篠原さんは、心の琴線に触れた建物などの風景を素描した。
  2回目は、ピレネー越え、いくつもの丘陵の上り下り、そしてパンプローナを経てメセタ北端(レオン・カスティーリャ中央部の乾燥地帯)の手前までの旅。登り道よりも下り道で人びとは脚・足を痛めるらしい(約500キロメートルの道のり)。この旅ではブラジル人医師とその父親がいたわり合って歩く姿や、台湾から来た若い女性の苦闘が描かれる。
  3回目は、メセタから大都市レオンを経て湿潤なガリーシア州の旅。サンティアーゴ・デ・コンポステーラの大聖堂で巡礼旅の完遂の感動が描かれる。篠原さんは、社会の暗闇と対峙し続けて人間不信に陥ってしまったスペイン人警察官(男性)と出会って、旅路をともにする。男性はしだいに人間への信頼を取り戻していく。そして、篠原さんは、大聖堂から大西洋に面するフィニステーレ Finisterre 岬――ガリーシア語でフィステーラ Fisterra ――まで90キロメートル旅路を延ばした。ここはまさに「地の果て」。海岸歩きで彼はホタテガイの貝殻を拾った。
  ホタテガイ貝殻は、サンティアーゴ巡礼の目印で、中世、巡礼者は旅の終わりに貝殻を拾って、巡礼路再訪を願ったという。

  ・・・という、非常に印象深い番組だ。

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