竣工記念式典は、また、ダンカンとその利権に結びついた有力者たちのとっては、この地域の各界のセレブリティを集めて権威を見せびらかす政治的イヴェントでもあった。お祭り気分で少し浮かれた金持ちたちが集まる場だ。であってみれば、彼らの資産のなかからいくばくかを掠め取ろうと企む食わせ者たちも押しかけてくる。
その1人が、証券詐欺の専門家、ハーリー・クレイボーンだ。
クレイボーンは、イエロウキャブでグラスタウワーのポーチ前まで乗り付けた。これから大金を稼ごうというのに、タクシー運転手へのティップをケチった。だが、いでたちは渋くきめていた。
詐欺師がロビイに向かう傍らでは、式典のための玄関の飾りたてが進められていた。ロビイの正面まで続く深紅の絨毯が敷かれた。その周囲にはマスメディアと多数の野次馬。
詐欺師に続いて、これまた多数の名士たちがめかしこんでやって来た。連邦元老院(上院)議員のグレイ・パーカー、続いてサンフランシスコ市長夫妻、有名な映画スター…。
大災厄が迫ろうとしているグラスタウワー。ここは、多数の人びとの人生が交差する場所だ。さまざまな個人の生き様や人生がここで出会う。ドラマを彩る人間模様として描かれることになる。
詐欺師の人生もまたクロウズアップされることになる。
クレイボーンはそのまま、ロビイからエレヴェイターに乗って、ビルの中層のホテルの1室におさまった。そこで、いかにもやり手の証券ブロウカー然としたスーツを着込み、大手電力会社の株券のイミテイションを用意した。
「これから急速な成長が期待される有力企業が、資本調達のために特別に株券を発行するのです。一般の人びとには提示もされない好機ですよ。この時期に限って特別優待価格で、お引渡しできます」
というような弁舌さわやかなセリフはすっかり脳裏に畳み込まれていた。彼の頭のなかには、偽証券を売り抜ける作戦が描かれていた。
ともあれ、式典に招待されたセレブたちは、直通高速エレヴェイターで会場の最上階まで昇っていった。