ワグ ザ ドッグ 目次
しっぽよ犬を振り回せ
原題と原作について
見どころ
現職大統領はロリコン
争点をプロデュースせよ
トラブルシューター
演出はプロデューサーにまかせろ
演出される「アルバニア危機」
カウンタームヴメント
手を変え、品を変え
CIAとの対決
「シューマンを救え!」
「アメリカはシューマンを悼む」
大統領、再選を果たす

演出される「アルバニア危機」

  その日のうちに「アルバニア危機」を伝える映像ニューズ制作が始まった。モッツたちは、映像制作のためにいつでも好き勝手に使える、いわば手持ちの映画ステューディオを確保している。
  そこで彼らが用意した場面は、戦場となり破壊され、廃墟となったアルバニアのある地方都市だった。そこに、戦乱で家を失い、家族と離れ離れになった1人の少女が逃げ惑っている。そんなシーンを演出、撮影しようというのだ。別々に撮影した映像をディジタルに合成して、そんな荒廃した戦場のシーンをつくり出すわけだ。特撮=SFXを駆使して。
  少女は、もちろんハリウッドの駆け出しの少女俳優だ。ただし、この出演は、あくまで秘密で、彼女が出演した作品(実績)リストには掲載できない。そこで、彼女とは秘密厳守の特約を取り結んだ。

  廃墟のような戦場シーンのは、ハリウッドの背景セット技術を動員してすぐできた。
  少女が戦場で逃げ惑う場面を合成映像で制作するために、まず何もない広い撮影室のなかで少女が逃げ惑う演技を見せる姿だけが撮影された。戦場は背景画像としてあとから貼り付けるわけだ。
  スタンリーとファッドとディーンは、この映像を見るであろう合衆国市民たちの同情心や共感を買うために、これまた少女にはぐれた猫を抱かせて、逃げ惑う状況設定にした。戦場を逃げ惑う少女の哀れさに、迷い猫を助けようとする「けなげさ」を追加しようというわけだ。演出のあざとさが光る。
  実際の撮影では、少女の腕には、チップ菓子の袋を抱えこませた。猫の映像は、あとから見繕って、しかるべき位置に挿入=合成すればいい。
  実写ののち、たくさんの猫映像のライブラリーのなかから、いかにも愛らしい猫の映像を選んで挿入した。

  ところで、この猫は、これから映像メディアの番組で何度も報道され、人びとの目に留まるだろう。というわけで、ファドたちはこの猫の映像の独占的使用権を確保し、しかもキャットフード・メイカーからのスポンサーシップを獲得した。つまり、この映像の前後には、このメイカーのコマーシャルメッセイジが挿入され、そのスポット広告料が支払われるわけだ。
  これでもか、というばかりの商魂。厚顔無恥の大統領府といい勝負だ。

  さて作戦としては、こうしてできた「報道映像」を各放送局・ネットワークに配信して全米に流し、生命の危機に瀕したアルバニアの民衆を救出しようという世論を喚起することになった。他方、暗黙のうちに、この危機に際しては「大統領府は非公式に軍を急派して救出作戦を展開しているもよう」というような出所も裏付けも曖昧な憶測情報を流すことにした。
  アメリカの放送局や独立系ニューズソースは、トピカルな情報や映像を入手すると、ただちに北アメリカ全域の放送局やメディアに放映権の販売促進プロモウションをおこなう。ニューズ価値があると踏んだメディア各局は、それぞれ自己の判断でただちに配信契約を結んで、先を争って自己のネットワークや系列での報道に利用する。
  したがって、各放送局に「何かある」と思わせれば、あとは各局の報道合戦によって、ニューズ価値は自己増殖し、センセイショナライズされ、世論を誘導するようになる(場合もある)。

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