ビブリア古書堂の… 目次
古書をめぐる謎を追う
見どころ
原作について
夏目漱石「それから」
  五浦大輔
  田中嘉雄
  祖母の秘密
  古書店のアルバイト
小山清「落穂拾ひ…」
  せどり屋の志田
  盗まれた文庫本
  なぜ本を盗んだのか
  奈緒と志田
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第1話 夏目漱石「それから」

  シリーズ最初の物語は、夏目漱石の「それから」をめぐる大輔の祖母(絹子)の秘密を解き明かすことになる。
  ある日、五浦大輔は、祖母の遺品の蔵書(何十冊もある)を売るために、鎌倉市北鎌倉駅の近くにある古書店「ビブリア古書堂」を訪れた。
  古書店に持ち込んだ蔵書のうち30冊は「夏目漱石全集」だった。 そこでまだ20代半ばながら古書店主をしている篠川栞子と出会った。大輔が持ち込んだ古書を手に取った栞子は、古書買取価格の査定のために時間をかけて調べ始めた。
  大輔は古書にじっと見入っている栞子にじれ始めていた。
  そんな場面から、このTVドラマは始まる。

五浦大輔

  ところで、五浦大輔は先頃、大卒後に就職した建設会社が倒産して失業してしまい、ハローワークに通って職探し日々を送っている。定職がないので、昼間に古書店に多数の古書を持ち込むことがきたというわけだ。
  で、祖母の蔵書を売り払うことになったのは、最近、祖母が膵臓癌で死去したことから、その遺品整理を進めている母に頼まれたからだ。
  大輔の祖母は大船駅前の商店街で定食屋を営んでいたが、十年ほど前に引退した、店舗たたんで食堂がある建物は住居だけになった。大輔と母親は今そこに住んでいる。

  さて、祖母の遺品整理をしていた母親は、蔵書の「夏目漱石全集」のうち第8巻『それから』の見返しの中央部に筆書きで「夏目漱石」というサインが書き込まれ、のど側の下方に「田中嘉雄様へ」と献呈相手の名前が記されているのを見つけた。
  彼女は、何やら眉唾っぽいが、夏目漱石のサインが書かれているので、ひょっとすると古書店で高価で買い取ってくれるのではないかと期待して、暇を持て余している大輔にクルマで古書店に運び込んで売ってきてほしいと頼んだ。
  そんなわけで、大輔は住宅市の狭い路地を四苦八苦しながら北鎌倉の古書店に祖母の蔵書を持ち込んだのだ。
  大輔は、漱石全集の第8巻の見返しの書き込みについても店主の栞子に鑑定を頼んだのだろう。そんなしだいで、栞子は熱心に漱石全集の第8巻を調べているのだ。

  ところで、大輔は本を読むことができない。印刷文字恐怖症なのだ。文章が印刷された本のページを読んでいると気分が悪くなってひどく「めまい」がして、読み続けられないのだ。
  この体質というか性向は心因性のもので、大輔は幼い頃、こっそり祖母の蔵書――手を触れることを厳しく禁じられていた――を読もうとしてひどく叱られたことが原因で、本を読むことができなくなったのだ。

  原作では「活字恐怖症」と表記されているが、正確には「活字とは活版印刷によって印刷された文字」だから、ここでは「印刷文字恐怖症――活字も含む――」と記述することにする。とはいえ、日本の出版界では1970年代までは文学書籍の本文の大半が活版印刷だったから、古書に関しては「活字」でもだいたい間違いないだろう。ただし、その頃でも、入稿から印刷までの期間が短い雑誌は大半がフォトオフセット印刷に移行していた。
  フォトオフセット印刷とは、印刷工程で紙にインクをつけるPS版―― postscript plate ――がフィルム製版にもとづいた光学的な処理でつくられる印刷技術のこと――現在ではフィルムではなくディジタル製版データとなっている。
  しかし1980年代以降には商業出版物のほとんどは、ディジタル・オフセット印刷となっているので、私たちが活字を読む機会はきわめて少なくなっている。だから書籍や雑誌の文字を「活字」と呼ぶのは、正確に言えば誤りだ。
  私は長年、出版編集業に携わってきたので、以上、気になる点を指摘した。

  さて、ビブリア古書堂のなかで焦り始めた大輔に栞子が声をかけた。
  「夏目漱石という書名は偽物ですね。
  それに献呈署名は、中央に献呈相手の名前を大きく書き、自署は(縦書きの場合)左下に小さく書くものなんです。だから、献呈署名の書き方形式としても間違っています。
  というよりも、こんな書き方をしたことには何か理由があるはずです」と言って、栞子は大輔に祖母に関していくつか質問した。
  質問は、
  漱石全集を大切にしていたか。
  田中嘉雄という人物に心当たりはあるか。
  そして、大輔の祖母が結婚したのは1962年よりも前だったかどうかというものだった。
  大輔は答えることができなかった。
  栞子は続けて説明した。
  「岩波書店の『夏目漱石全集』は1962年に刊行されました。お婆様はこの全集をひとまとめで購入されたようですね。ところが、この第8巻だけは蔵書印がないので、、それとは別にお買い求めになったようです……」
  祖母の蔵書の売り主として大輔は氏名と住所・連絡先を所定の用紙に記入していたのだが、そ栞子はそれを見て続けた。
  「……それから、あなたの大輔という名前はお祖母様がおつけになったのではないでしょうか」
  大輔は、栞子の古書に関する造詣の深さに舌を巻いたものの、あまり長居はできないので、その日は祖母の蔵書を古書堂に預けたままで帰宅することにした。

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