鎌倉市にある古書店「ビブリア古書堂」の若い女性店主、篠川栞子が物語の主人公。
彼女は書籍全般やことに古書に関する該博な知識と鋭い洞察力を駆使して、古書をめぐる事件の謎を解き明かし、古書に込めた人びとの想いを読み取ることで、事件に絡んだ人びとの関係を修復していく。
小さな小さなミステリを解明する探偵役が栞子なのだ。
その名探偵に寄り添いながら、その活躍を語り部――ワトスン君のような狂言回し――は、五浦大輔というアルバイト店員だ。
原作を一見したところ、ことさらに大きな事件はなく、TVドラマ化(ヴィジュアル化)しにくい、言ってみれば静かな物語を丁寧に映像化している作品。巧みにドラマ化した制作陣にひとまず拍手を送りたい。
古書に限らず、私たちの社会のなかで動くモノは人びとのあいだの関係性を担っている。ことに書籍は人が紡ぎ出した物語――科学的な解説も含めて――を伝える媒体だから、そこに人びとの想いや関係性も投影されることになる。
その意味では、古書にまつわる事件や物語を読み解くことは、現代社会――社会とは人びとの関係性の集合体だ――の「ありよう」を解読することにつながることになる。
このドラマを観ることで、世の中の営みや自らの人生を静かに省察してみるのも有意義だろう。
原作は、三上延『ビブリア古書堂の事件手帖』、2011年、メディワークス文庫。
ドラマでは五浦大輔の年齢は30歳前後になっているようだが、原作では大卒したばかりの23歳。だが、採用内定を受けていた会社が倒産して職探しを余儀なくされている。
そして栞子は25歳くらい。大輔よりも年上だ。 大輔にとっては栞子との出会いは、高校生の頃だった。通学のために横須賀線を利用していたのだが、たまたま北鎌倉駅の隣にあるビブリア古書堂にいた大学生だった彼女を見かけている。
その清楚な美貌に強く惹かれたのだ。
そして、それから5年後に祖母の蔵書を売りにいって古書店で出会った。彼女の父親が数年前に死去して店の経営を引き継いだのだ。母親は頭脳明晰な研究者だったが、あるきっかけで父親と結婚した。だが、今から10年前に突然、家を出て行ってしまったのだ。父親はずっと妻の帰りを待っていたが、災禍を果たせずに他界してしまった。
栞子は、家族を捨てて失踪した母に強い反発を抱いている。
ビブリア biblia とはラテン語で書籍を意味するが、とりわけキリスト教の聖典「聖書」を意味する場合が多い。エスパーニャ語でも聖書は「ビブリア」。
これがもとになって、ヨーロッパではたとえばフランス語のビブル」、英語のバイブル――ともに綴りは bible ――という語が生まれた。
エスパーニャ語の「リブロ―― libro :書籍――」や英語の「ライブラリー」もビブリアが語源となっている。
このようにヨーロッパ語の聖書や書籍の語源となっている「ビブリア」を店名として物語の舞台としたところに、作者の書籍に対する想いが込められているような気がする。
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