星の旅人たち 目次
サンティアーゴへの巡礼道
ひとり息子の死
旅 立 ち
巡礼旅の道連れ
異国で見た息子の幻影
ロマ族の父子
ムーシアへの旅
おススメのサイト
人生を省察する映画
サンジャックへの路
阿弥陀堂だより
のどかな信州の旅だより
信州まちあるき

ひとり息子の死

  カリフォーニア州ロスアンジェルスで眼科医を営むトーマス・エイヴリー。
  トーマスの年齢は70歳ほどでしょうか。ある日、医者仲間とゴルフに興じている最中に、携帯電話で、息子の事故死の連絡を受けました。息子ダニエルが、大西洋の彼方、サンティアーゴ・デ・コンポステーラへの巡礼を開始した初日に、フランス・エスパーニャ国境(ピレネー山脈)の山中で事故死したのです。

  連絡をくれたのは、フランスの最西端の町、サンジャン・ピエ・ドゥ・ポール Saint Jean Pied de Port の警察官、セヴァスティアン警部でした。ところで、フランス語で「サンジャン」とは聖ヨハネスのことです。「ピエ・ドゥ・ポール」とはピレネーの高地に登る峠の麓という意味です。この小さな町は、これまたキリスト教の大聖人ヨハネスにちなんだ名前をもっているのです。
  巡礼道は、大きな都市ではなく、辺鄙な山間にある村と言ってもいいほど小さな町――たとえばサンジャン・ピエ・ドゥ・ポール――を結んでいるわけです。巡礼旅の道の物語にふさわしい場所を、たくみに物語の出発点に設定したものです。
  この町集落は、何本もあるサンティアーゴへの巡礼道のひとつでフランス側のターミナルとなっているところです。この町から登る峠の頂部――標高2000メートルを超える場所――がエスパーニャとの国境となっています。

  トーマスは、ただちにその町に向かいました。
  まずパリまで航空便で行き、そこから夜行列車でサンジャンをめざしました。列車の旅は700キロメートルを超える道のりです。
  列車中の眠れない長い夜を、トーマスはダニエルのことを回想して過ごしました。
  トーマスは、そこそこ成功した腕のいい富裕な医者としての人生を選び取ったこれまでの生き方に自負を抱いていました。トーマスは、そういう気持ちをダニエルに対していつも示していたのでしょう。
  ところが、高学歴の知識人となったダニエルは、
  「人は自ら能動的に人生――生きざま――を選ぶことはできない。生かされているにすぎない」
と反論するようになりました。

  たぶん、個々人の人生を社会的な文脈に置いて分析する思考方法を身に着けたからではないでしょうか。トーマスとしては、医師としての高収入があったからこそ息子ダニエルは高度な大学専門教育を受けることができたのに、そういう教育機会を息子に与えたことを誇らしく思っている父親に冷や水を浴びせたのです。「息子はいったい何を考えているのだ」という疑念を抱くようになりました。

  さて、長旅を経て町に到着したトーマスは、翌日の朝、セヴァスティアン警部から、ダニエルが背負っていた大きな青いバックパックと杖を受け取り、そして息子の事故死をめぐる様子を聞きました。
  周りの人びとがが止めるのも聞かずに、ダニエルはひどい嵐をついて峠越えに挑み、事故に遭ったのです。何かの使命感に取りつかれたかのように、巡礼旅にのめり込んでいたようです。
  今年40歳になる息子ダニエルは、この数年間ずっと世界を放浪する生活を続けていました。それまでは、一流の大学の博士課程で研究をしていたのですが、突然、退学して世界を放浪する生活を始めたのです。

  トーマスはそんなダニエルの想いが理解できません。
  突然エリートコースを投げ出して、トーマスにはまったく理解できない生き方を選択したのです。その挙句に事故死してしまったのです。
  トーマスの妻、つまりダニエルの母親は、ずっと以前になくなっています。家族は父と息子の2人だけなのに、トーマスはダニエルとすっかり疎遠になっていました。
  彼がサンジャンに向かった理由は、もちろん息子の以外を引き取って荼毘に付すこともありますが、それ以上に、半ばダニエルの一見無軌道な生き方にひどく腹を立てながら、なぜダニエルが道のり900キロメートル近くにおよぶ遍路道をひとりで歩こうとしたのか、その気持ち・理由を探ろうとしたようです。
  意思疎通を欠いたまま死なれてしまった父親は、息子の行動の理由や動機を探ることで、息子の死をめぐる心の決着をつけようとしたのかもしれません。

前のページへ || 次のページへ |

総合サイトマップ

ジャンル
映像表現の方法
異端の挑戦
現代アメリカ社会
現代ヨーロッパ社会
ヨーロッパの歴史
アメリカの歴史
戦争史・軍事史
アジア/アフリカ
現代日本社会
日本の歴史と社会
ラテンアメリカ
地球環境と人類文明
芸術と社会
生物史・生命
人生についての省察
世界経済
SF・近未来世界