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エスパーニャの分裂要因

  エスパーニャは、今しがた述べたような歴史を背景にあることもあって、じつは古くから今まで各地方ごとに強い個性を持ち続けているため、まとまりのない社会をなしています。
  1936年、エスパーニャの反革命的な軍事クーデタでフランコとファランヘ党による独裁体制が出現した背景には、国家としてのエスパーニャの分裂状態があったのです。
  日本人の私たちが高校までの歴史授業で、「エスパーニャ絶対王政の隆盛」なるものを学びますが、じつはそれは虚像で、当時エスパーニャ連合王国は深刻な分断状況に陥っていて、レオン=カスティーリャ王国で王権の隆盛が見られましたが、それとても国内の大貴族たちによって王権は制約され、壟断されていたのです。

  私たちがエスパーニャとして描くイメイジの多くは、マドリードを中心とするカスティーリャ地方のものです。しかし、イスラム王朝時代の異性や文化の今世紀を色濃く残すアンダールシーア(旧イスラム王領アル・アンダールス)、そしてバレンシーアは、特異な文化と社会を維持しています。
  また、バルセローナを中心とするカタルーニャは、もともと西フランク王国に属する君侯領で、のちにアラゴン王国と合同してカスティーリャに臣従したものの、独立のためにカスティーリャ王権といくども紛争を起こし、今でも独立国家の樹立を求める運動が活発です。
  さらに、この映画で巡礼旅の舞台となるパンプローナ市は、これまた古くはフランス王国に属すナバーラ(ナヴァル)王国の有力都市です。ここではヴァスク(バスコ)人の文化や言語が有力で、この地方も長らくエスパーニャ王国からの独立を求めてきました。
  エスパーニャはいまでも、カスティーリャ、アンダールシーア、バレンシーア、カタルーニャ、バスコという複数の自立的な地方・民族が緩く結合した社会なのです。経済危機や政治危機がやって来るたびに、軋轢や分裂傾向があらわになります。


  そういう社会の深刻な断裂を示す事件が、この映画で描かれます。トーマスのバックパックの盗難事件がそれです。
  パンプローナ市内に住むロマ族(ジプシー)ある家族の少年がトーマスのバックパックを盗んで逃げたのです。自分の息子が巡礼旅人からバックパックを盗んだことを知った父親(ロマ族だがインテリらしい)が、トーマスに荷物を返却し謝罪します。そして、お詫びの印にと、トーマスを自宅前の路上での宴会に誘いました。
  父親は息子を叱責し、「ロマ族としての誇りを捨ててはならない。
  そのためには、かつて貧窮にあえいでいたロマ族の者たちの悪い風習(窃盗や物乞)を改めて、知識や学問を身に着けて仕事で収入を得て、誇りをもって市民社会に同化していかなければならない」と諭しました。
  トーマスは、その父親に尊敬の念を抱きながらも、息子を厳しく叱責しないでほしい頼みました。相互の信頼関係ができ上ったようです。

  この出来事の背景には、エスパーニャ社会の内部にある根深い断裂や差別と格差があるのです。この映画の制作陣は、この作品をただの「異国を巡る旅人の物語」に終わらせずに、明白な社会的なメッセイジを込めた物語に仕上げています。
  ロマ族の人びとは、エスパーニャ近代社会が形成されていく過程で、国内でひどい差別や排斥を受けてきた歴史を負っています。とりわけ、フランコ独裁レジームのもとでは、過酷な弾圧や虐待を受けていました。移動生活を禁止され、強制的に定住させられ、社会の最底辺に押し込められ侮蔑の対象とされたのです。
  教育や雇用の機会を奪われて貧困の底に突き落とされて生きるしかなくなった彼らは、生き延びるために大道芸人となるか、窃盗になるか、物乞いになるかしかなかったのです。

  フランコ独裁体制の崩壊と民主化の後でも、彼らは差別を受け、社会の最底辺でもがき続けてきました。
  それでもヴァスク地方のパンプローナでは、ロマ族は市民として社会に同化するチャンスを得たようです。エスパーニャからの独立を求めるヴァスクの人びとは、カスティーリャの政府やエリートから圧迫を受けているロマ族に社会への同化のために手を差し伸べたのです。中央政府から抑圧された経験をもつ者どうしの連帯として。
  この事件には、そういう背景があるのです。

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