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ムーシアへの旅

  それにしても、バックパックの盗難からロマ族の路上パーティにいたる経過――のなかで提起されている諸問題――をめぐっては、いろいろと考えさせられます。それは、物語のなかでトーマスにも当てはまりますし、映画を観ている私たちにも当てはまります。

  まずトーマスにとっての問題提起について考えましょう。
  一つ目は、息子のダニエルが言った言葉の意味を再考したでしょう。「人は自ら人生を選ぶことはできない」という意味を。
  つまり、これまで長い間、差別を受けてきたロマ族に人びとが、職業に就き市民社会に同化することの難しさです。最低限度の教育を受けることさえも、ロマ族にとっては人生を賭けた闘いなのです。彼らの努力が報われるかどうかは不明です。それでも、ロマ族の少年の父親は誠実に努力し続けることを息子に求めるのです。

  二つ目は、ロマ族の父親と息子の関係においても、父親の息子への期待と息子自身の考え・行動スタイルとのギャップということです。ロマの少年の場合は、つい安易な稼ぎの方法に飛びついてトーマスのバックパックを盗んでしまいました。父親の期待を裏切ってしまったのです。
  トーマスとしては、自分とダニエルとの関係を思い浮かべたかもしれません。親子の関係は難しいものだと感じたことでしょう。子どもがぶつかる問題を、親は理解できない場合もあるのだ、と。ただし、今はサンティアーゴへの巡礼旅をしていて、ダニエルの気持ちが少しわかりかけてきたのですが。

  さて、私たちが考えるべき問題はいくつもあります。なかでも、エスパーニャ社会でロマ族が置かれている困難な立場・地位の問題が一番大きなものでしょう。
  私自身が「おや?」と印象をもったのは、トーマスが招待されたロマ族の路上パーティについてです。かつて彼らが流浪・放浪生活をしていたときの名残で、そういう風習を懐かしんでそうやっているのだろうか、と疑問を感じたのです。近所の知り合いや仲間を呼び集めて宴を催し、かつてのように歌ったり踊ったり……こうして、ロマ人としてのアイデンティティを再確認しているのでしょうか。
  それとも、ロマ人は貧しくて住宅事情から屋内でパーティを開くことができないという事情が、路上パーティの最大の原因なのでしょうか。


  では、話題を物語に戻しましょう。
  ロマ族少年の父親は、トーマスと信頼関係を結んで互いを尊敬し合う仲になったことから、愛息を失ったトーマスにこうアドヴァイスしました。
  サンティアーゴ修道院の大聖堂でのミサ――これが巡礼旅の完了(コンポステーラ)の儀式となって、終了証明書を授与される――が終わったら、「さらに旅を続けてムーシア(ムーヒア)海岸を訪れ、そこに息子の遺灰・遺骨を撒いたらどうか」と。
  ムーシアは、ガリーシア地方でも、大西洋に臨む最果ての地で、まさに地の果てコンポステーラと呼ぶにふさわしい場所です。大変美しい海岸地形で有名な小さな港湾都市だといいます。サンティアーゴ大聖堂への巡礼ののちに、ここを訪れるお遍路さんも多いようです。
  複雑な海岸地形で豊かな漁場となっているということで、ここで釣りを楽しむ旅行者も多いとか。⇒このページの下の地図参照

  エスパーニャの北西端のムーシアを含むガリーシア地方には、5−6世紀にゲルマンの一族スエビ部族が小王国を形成しました。やがて8世紀にイスラムがイベリアを席巻して、スエビを駆逐しました。しかし、まもなくキリスト教徒の部族がイスラム人を追い払ってアストゥリアス王国を樹立しました。やがて、この王国はレオン王国に吸収され、レオンはさらにカスティーリャとの連合王国になりました。

  トーマスはその助言を受けて、サンティアーゴ大聖堂での礼拝を終えてから、バックパックを背負いなおして、さらに旅を続けることにしました。すると、それまで道連れだった3人もまた、トーマスの後に続きました。巡礼旅で知り合い親しくなった彼らは、亡き愛息を悼むトーマスの巡礼旅の結末に立ち会うべきだと考えたようです。
  トーマスはムーシアの海岸でダニエルの遺灰を海面に撒きました。そうしながら、彼は息子がこの巡礼旅に赴いた気持ちをさらに深く――ただし、やはり答えが出ていないようですが――理解できたように感じたようです。

  彼はふたたびバックパックを背にどこか別のところに旅しようと歩き始めました。
  「人は自分が望むようには生きることができない……ビズネスの成功に満足してさらに金儲けしようとする人びとは、自らの意思というよりも、社会のなかでそういう価値感や利害意識をもたされたにすぎない」
  「だから、多くの人びとの生き様やありようを見て回るんだ」そう語りかけるダニエルの声を聞いたのかもしれません。

ムーヒアの岬と海岸

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