翌日のボストン病院でのこと。
スーザンは実地研修の一環として、早朝からの手術に助手として加わっていた。手術が無事終わって、手術室から出たところに、マーク・ベロウズがやって来た。彼は昨夜の口喧嘩で言い過ぎたことを詫びた。スーザンも謝った。マークは仲直りにということで、昼食に誘った。が、スーザンは時間がないと断った。近くのエアロビクス教室でのエクササイズに行くためだ。
スーザンは何しろ一徹で、自分の1日のスケデュールを完全に決めて動いている。強い緊張を強いられる病院の仕事の合間には、リラクゼイションのためエアロビクスに通っているのだ。
やれやれ、とマークはため息。
スーザンがエアロビクス教室に行くと、知り合いの若い女性、ナンシー・グリンリー(既婚者)と出合った。彼女は病院の患者で、その日の午後、妊娠中絶手術を受ける予定だった。まだ妊娠後、数週間で、子宮に着床した受精卵=胚を切除するだけの軽微な手術だという。だから、エアロビクスで身体を激しく動かしても問題ないということだった。
しばらくしてナンシーは、手術開始時間の直前になって病院に現れた。そして、通常の手順で手術が始まった。
ところが、そこで不可解な事故が起きた。
事前の健康状態や体調の検査を済ませたナンシーは、「第8手術室」の手術台の上に横たわっていた。顔には全身麻酔および呼吸管理のためのマスクが着けられた。麻酔ガスと酸素がそれぞれ別のチューブをつうじて送られ混合気体としてマスクから患者の肺に送られる。ナンシーは静かに眠りにつき、手順どおり医療ティームによる施術が始まった。麻酔ガスは止められた。
手術は順調に経過した。ところが、終了間際になってから、患者の容態が急変した。突然、血圧が急降下したのだ。昇圧剤の投与で、血圧はすぐに正常値に戻ったが、ナンシーは意識を回復しなかった。検査すると、瞳孔は開いたままだった。重篤な昏睡状態。
ナンシーの意識は回復することなく、そのまま「植物状態」に陥った。ただちに、集中治療室ICUに移され、蘇生・意識回復のための治療が施されたが、効果はなく、脳死状態が確定してしまった。
たまたま、院内巡回中にこの経過を目にしたマークは、小児科病棟にいるスーザンに内線電話でこの事故を知らせた。事件の経緯や原因を調べようとして、スーザンとマークはカルテ(診断記録・治療記録)を見たが、これといって異常な事柄は見つからなかった。
ただ、事前に組織適合検査(内臓や組織の活性度や抗体反応の有無を調べる検査で、今回の手術には必要ない)を受けていることが不可解だった。