スーザンは、ナーシングセンターでナンシーのその後の経過を訪ねた。窓口の係りの女性は、ジェファースン研究所に送られているはずだと答えた。ジェファースン研究所とはどういう機関か訪ねると、昏睡(植物)状態に陥っために長期の治療が必要な患者の生命維持や延命処置を行なう専門医療機関だという。
ところが、ナンシーのその後の情報を調べてくれた担当者は、彼女はすでに死亡したため、院内の病理解剖科の検体解剖に回されていると答えた。
そこで、スーザンは病理解剖科に向かった。
解剖室では何体もの死体が解剖台の上に乗せられ、さまざまな内臓器官や脳などが摘出され検査され、病理標本化されていた。
スーザンは室内の解剖担当医たちに尋ねた。手術中に脳死が発生する原因としては、どんなことが考えられるか、と。
医師たちは、麻酔ガスや麻酔薬にさまざまな薬剤を混入させることが可能だと答えて、冗談半分にこうした薬剤名をあげていった。が、結局、不審死にいたれば病理解剖に回されるので、混入した薬剤は検出解明されてしまうという。だから、そんな犯罪行為は起きようがない。
とはいえ、呼吸用マスクから一酸化炭素を送り込めば、脳は酸素欠乏で決定的なダメイジを受けて、昏睡を引き起こし、全身の機能麻痺や植物状態に陥ることがあるという。一酸化炭素は通常の痕跡が残らないから、(当時の)普通の病理解剖ではまず解明できないというのだ。
スーザンは、今回の昏睡事故の原因をついに見つけ出したような気がした。だが、衆人環視の手術室で、患者に一酸化炭素を吸入させることがはたしてできるのか。
疑惑を抱いて調べまわるスーザンを、しかし、病院側は追い出そうとはしなかった。マスメディアが発達しているアメリカでは、へたに批判者や内部告発者になりかねない者を外部に放り出せば、スキャンダルと長期の法廷訴訟の種をまくという結果になりかねない。
そこで、病院首脳部は、陰険で周到な包囲網をスーザンの周りに築き上げていった。その手先に取り込もうとしたのが、彼女の恋人、マーク・ベロウズだった。出世意欲丸出し、院内政治の波乗り巧みなマークは、「おいしい餌」で釣られてしまった。
専任の主任医師のポストが餌だった。そのポストを近く離れる予定の医師がマークを呼び出し、自分の後釜に座れるように推薦するから、スーザンを何とか説得して調査をやめさせてほしいと要請したのだ。マークは餌に飛びついた。
翌日の夜、帰宅してから、スーザンはマークに、患者に一酸化炭素を吸入させて脳死を引き起こすという手口が疑わしいと訴えた。マークは、ばかげた疑惑だが、今から病院に戻って手術室を調べてみようと提案した。
病院に戻った2人は、手術室(OR8)を調べてみたが、怪しい点は何も発見できなかった。やはり、そんな手口は理論上はありえても、実行不可能ではないか、ということなのか。スーザンは探索を一時的に切り上げるしかなかった。