1980年代のはじめ、マイケル・コルレオーネは、自ら育て上げたシンディケイト企業群のうち、合法的な金融業や不動産業、文化事業などの部門を合法の賭博業や非合法の「裏家業」ないし風俗部門(飲食・売春など)から完全に分離して、倫理上も後ろ指を差されることのない健全な多国籍コンツェルンや財団へと再編しようと奮闘していた。
議会公聴会での喚問や批判を何とかやり過ごしながら。経営する巨大な金融コンツェルンになったため、より強く社会的な批判にさらされることになり、ことに連邦議会はイタリア系犯罪組織との関係、マイケルの過去の犯罪疑惑について執拗に調査を続けていたのだ。
とりわけ多国籍化した巨大企業に対しては、1970年代から連邦議会は代表院(下院)に「多国籍企業調査委員会」を設置して有力企業の経営陣を喚問し、その経済倫理上の問題を調査してきた。だが、1980年代になると、アメリカの政治は概して保守化し、ことにレイガン政権の登場とともに、企業の力任せの経営や国際化を野放しにするようになった。たぶん、その動きのなかで、マイケルへの関門調査もこれが最後になりそうな気配だ。
マイケルは20年も前からファミリー企業の合法化に奔走してきた。ところが、非合法・風俗部門シンディケイトのほとんどは、コルレオーネ・ファミリー以外のマフィア企業団とも絡み合っていた。
シンディケイトは、これらのファミリーの企業連合だった。
こうしたファミリーから見れば、アメリカ全域のイタリア系裏社会のドンとして公然・隠然と君臨してきたマイケル――とそのファミリー企業群――がシンディケイトから引退・離脱すれば、この世界での「力の均衡」が崩れて、やがてはふたたび血で血を洗う権力闘争に戻ってしまうのではないか、という恐れがあった。
また、最も有力な金融組織のバックアップがなくなり、利権の旨みが衰退しかねないという懸念もあった。
■コルレオーネ包囲網■
この動揺を機に、マイケルに含むところがある長老、ドン・アルトベロは、大西洋の両側のマフィア社会を力づくで再編して、この世界の覇権を奪取しようと画策した。
彼は、かねてからマイケルがファミリービズネスの合法化を企図していることを知っていた。そこで、この間、着々と準備を重ねて、マイケルがマフィア社会から引退するのに乗じて、一気呵成に権力闘争を仕かけようとしていた。
そのために、アメリカではシンディケイトの――暴力・汚れ仕事を一手に引き受けている――強面、ジョーイ・ザザを抱き込んで操り、国外ではイタリア・シチリアの闇社会やヴァティカンの保守派と提携して、攻撃のタイミングを窺っていた。
なかでも、アルトベロにとって、この謀略の「盟友」となったのは、ローマ教皇庁の財政金融機関の長官、キルディ大司教だった。
彼はアメリカ出身の有力な聖職者で、現教皇の懐刀だった。その教皇の寵を受けて、財務府=ヴァティカン銀行の総裁として、ヨーロッパ全域はもとより全世界に巨大な影響力をおよぼしていた。
アルトベロと大司教は、イタリアとヴァティカンでは、政界・財界・官界そして裏社会での工作のための資金源として、ミラーノの銀行家カインジックとそのファミリー企業団を巧妙に利用していた。
キルディ大司教は、カインジックがワンマン経営する多国籍不動産投資会社、インターナショナル・イモビリアーレ(国際不動産銀行)と彼の銀行の本店・支店ネットワークを国際的な政治工作や後ろ暗い活動のために「資金調達」ならびに「闇の送金ルート」として、自在に操っていた。
ヴァティカン銀行の支援や利権誘導を見返りにして。
この謀略ネットワークには、イタリア政界の重鎮たちや右翼保守派、フィクサーも絡んでいた。
自身が右翼保守派である大司教は、左翼の躍進と内部の腐敗のためにイタリア政界で危機に陥っていたキリスト教民主党にも梃入れをしていた。反対派に対する脅しやテロのために、マフィアやカモッラなどの暴力組織さえ利用していた。
映画では、さらにアルトベロとキルディを裏で操る黒幕として、右翼フィクサーのルケージを登場させている。
しかし、あまりに守旧的で頑迷なキルディ大司教を筆頭とする教皇庁の保守派は、その権力と利権を固守するために、ヴァティカンの内部にひどい腐敗や停滞を生み出していた。
それに対する危機感から、教皇庁の内部では革新派や穏健派、急進派が、改革のための同盟に結集し始めていた。
改革派の信望を集めていたのは、穏健改革派のランベルト枢機卿だった。
大司教は、こうした改革派の動きを押さえ込んだり、あるいは中間派の聖職者たちを買収したり抱き込んだりするためにも、巨額の資金を必要としていた。だが、イモビリアーレは強引な膨張(バブル)経営を続けたために、深刻な経営危機に直面していた。
そこで、マイケルが率いるコルレオーネ財団を巧妙な金融工作に引きずり込んで、資金を騙し取り、かつまたアルトベロの敵=マイケルに財政的な打撃を与えようと企んだ。
こうして、アメリカとイタリアのマフィア、教皇庁、イタリア政界を結んだ、陰謀の同盟、コルレオーネ包囲網ができ上がった。