《陰謀》の解剖学 目次
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『ゴッドファーザーV』における「陰謀の構図」
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コ ー マ
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コ ー マ

  現在、トランプ政権は「オバマ・ケア」すなわち、オバマ政権がようやく構築した医療保険制度――議会の反対によってかなり切り縮められた内容になった――を解体しようと躍起になっている。
  先進諸国はどこでも医療社会保障制度の財政危機に悩んでいる。アメリカにはこれまで、市民が階級格差や経済格差によって受けられる医療サーヴィスの内容が差別化されていた。つまり所得によって受けられる医療の質と量が著しく異なっているのだ。
  コーラ類やチップス菓子、ファーストフードが氾濫しているアメリカでは、低所得層ほど肥満や糖尿病、癌などの罹病率がひどく、しかも受けられる医療サーヴィスが劣悪なことから、社会全体としてかえって医療費が膨張し、それが経済を弱体化させていると言われている。

  この作品では、やがて深刻な財政危機に陥るであろうアメリカの医療システムが抱える深刻な危機の一端が、鋭く抉られている。題名となっている「コーマ coma 」とは「深刻な昏睡状態」「意識不明による植物状態」さらに「脳死状態」を意味する。
映画『コーマ』の物語についての記事

  ボストンのある巨大病院に勤務する女性の研修外科医が、不審な脳死事故が院内で続発していることに気がついた。
  せいぜい数十分の全身麻酔をするだけの軽易な手術なのに、施術中に患者が突然深い昏睡に陥り、そのまま脳死状態になってしまうのだ。
  調べてみると、アクシデントはすべて「第8手術室」で起きていた。
  そして、脳死状態に陥った患者たちは全員、こうした患者のケアを専門とする公立の研究所に搬送され収容されていた。

  女性外科医は、ある日、この研究所に見学に訪れ、その後所内に潜んで内情を探った。すると、そこでは、脳死患者から――生命維持したまま――臓器を摘出して、それを国際的な「移植用臓器」市場で競売していた。とてつもない巨額の代金が売買取引で動いていた。
  とかくするうちに、病院設備のメインテナンス係の男が、地下の機械室で殺害される事件が発生した。その男は、女性外科医に手がかりとなるメッセイジを残していた。どうやら、第8手術室で昏睡脳死事件が続発する原因を突き止めたらしい。
  そのことが、脳死を誘発させて大規模な臓器売買を組織しようとする謀略をたくらむ組織に発覚して、口封じのために殺されたらしい。

  女性外科医は謀略を暴くために機械室を探り、第8手術室の麻酔ガス装置は、機械室にひそかに設置された一酸化炭素のボンベと配管接続されていることを突き止めた。だが、殺し屋の手は彼女のすぐ近くまで伸びていた。というよりも、病院の医師と殺し屋が結託していたのだ。
  彼女は、この恐るべき陰謀を同棲している恋人――同僚の医者――に伝えたが、彼は病院の権力の仕組みを恐れて、すぐには動こうとしなかった。彼女は、病院の麻酔科部長を一番怪しいと睨んでいた。


  そこで、女性外科医は、病院の外科部長にこの事実を報告し、対策を要求した。外科部長は対策を約束したが、じつはこの部長こそ、恐ろしい謀略をこの病院で指揮する黒幕だった。
  外科部長は、睡眠薬入りのカフェを女性外科医に飲ませて、第8手術室に送り、そこで脳死状態にしてしまおうと画策していた。
  だが、女性外科医は、ストレッチャーで運ばれる途中、薄れていく意識状態で、恋人に出会って、助けを乞うた。
  彼は、機械室に駆けつけて、一酸化炭素の配管を探り出して閉鎖して正しい麻酔ガスの配管に接続した。そして、ただちに証拠を示して警察に通報した。

  医療事故の続発に疑いを抱いて内偵を進めていた警察の捜査官たちが、病院に急行して、捜査と関係者の拘束を開始した。
  ところが、この謀略の首謀者たちは、一連犯罪を後悔することもなく、こう語った。
  医療の高度化は医療設備の高騰、医療費の膨張を招いている。しかも、市民の公的な医療保険制度がないアメリカでは、医療機関は経営のリスクとコストをまかない切れなくなっている。そこで、脳死患者から移植用の臓器を取り出して、世界市場で売買することによって、不足する収入を補填する必要がある。これは、そのための実験だ、と。
  しかも、この実験には連邦政府のある機関も関与し、巨額の財政支援=投資をおこなっているのだ、と。
  一連の事件は、巨大病院と政府機関とが結託して進めてきた実験だったのだ。

  上記のような財政負担を医療機関が被らないように、民間保険会社が築き上げた私的医療保険制度は、保険料の高低によって、つまり職との格差に応じて、受けられる医療サーヴィスをクラス分けするものとなった。所得の低い人びとは、医療設備、人員、環境が貧困または劣悪な「安い医療費」の医療機関に回され、それなりの治療しか受けられないようにしたのだ。
  オバマ・ケアは、この格差をごく部分的に改善するものなのだが、アメリカの富裕階級と議会に集う特権階層は、それさえも許したくないというのだ。
  一方、国民保険制度 National Health System という形で医療の社会保障を形づくってきたブリテンでは、最近、財政危機を理由に収益採算競争と民営化の論理を導入した。BBCが報道するところでは、その結果、庶民が通う医療機関への財政支援は次々に切り縮められ、医療サーヴィスの質と量は著しく劣化しているという。
  しかも、そういう危機的状況が「移民排斥」や「EU離脱」の理由に利用されたのだ。

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