プルーフ・オブ・マイ・ライフ 目次
家族の絆を考える
原題と原作について
見どころ
天才数学者としての父の死
闖入者 その1 姉
闖入者 その2 若い数学者
人生の選択をめぐる悩み
再出発へのためらい
父の課題を受け継ぐ
再 出 発
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父の課題を受け継ぐ

  父ロバートの晩年の研究について、キャサリンは数年前のことを回想していた。
  ある夜、帰宅すると、ロバートが顔を輝かせてキャサリンを迎えた。
  ロバートは初冬の寒い夜なのに、ポーチのテラスのテイブルでノートに無心に書き込んでいた。
  まもなく、「ついに証明を完成させたよ!」と笑顔で呼びかけてきた。
  ところが、キャサリンがノートを見ると、数学的証明ではなく、意味不明の文章が羅列されていた。つまり、父の意識の混濁と錯乱が一気に進んだということだった。そのとき彼女は、父の世話をしながら、父が提起したまま証明を進めることができなかった問題に取り組もうと決心した。
  そのために、父の過去のノートや覚書などを読んだり、精神状態が良好なときのロバートから意見や助言を受けることにした。
  専門分野の論文を読んだり、大学図書館から書籍や論文集を借りてきて研究した。
  そして、ノートに論証のための試論を書き込み始めた。久しぶりに人生の目標あるいは生きがいを見いだした思いがした。

  さて、そんなことを思い出しながら、キャサリンはハロルドに、自分がしまっておいたノートを渡した。そこには、ロバートが提示した方法仮説にしたがって証明がおこなわれていた。みごとな論証だった。数学(数論)の世界の長年の難問が解決されていきそうだ。ハロルドはそう思った。
  ハロルドは、その証明はロバートの仕事だと思っていた。だが、キャサリンは、父の助言や仮説を受けて自分が論証をおこなったのだと告げた。
  しかし、ハロルドはその言葉を信じられなかった。
  というのも、それまでのロバートのノートとよく似た筆跡で書かれていたからだ。そこで、彼が疑問を口にすると、
  「ずっと父の筆跡をまねていたから、私の字は父とよく似た筆跡なの」 と打ち明けた。

  ハロルドには、にわかに信じられなかった。が、いずれにせよ、そのノートを借りていって、同僚や専門家と検討して証明が成功しているかどうか調べてみたいと言って、ノートを借り出した。
  ハロルドが借りたノートに記された証明については、かつてアメリカの数学界をリードした天才ロバートの業績かもしれないので、ハロルドだけでなく数学界全体がその検証にかかわることになったようだ。


■迷  い■
  それから間もなく、キャサリンは姉から電話を受けた。
  「これから、あなたを迎えに行くので、ニュウヨークに引っ越す準備をしておきなさい」というもので、相変わらず一方的な命令口調だった。姉の持って生まれた性格もあるが、ウォ−ル街で輝かしく成功した投資コンサルタントなので、言葉遣いがどうしても「上から目線」になるのだ。
  シカゴに来た姉に向かって、キャサリンは、数論の難問の証明をなし自分でとげたことを伝え、自分としては、父の課題を受け継いで数学研究の世界に戻りたいと訴えた。
  だが、クレアは、キャサリンが情緒不安定になって、父と自分の仕事を混濁して区別できなくなったのではないかと疑った。
  それで、クレアはキャサリンのニュウヨークへの移住の段取りを強引に進めた。
  自分の将来についての確信をいま一つ持てないキャサリンは、仕方なく姉にしたがうことにした。

  翌朝、出発することにして、キャサリンは荷づくりを始めた。
  というのも、シカゴ大学と数学界では、あの証明をロバートの業績として認識し、検証を進める方針を発表したからだ。キャサリンとしては、あの証明がもはや自分の業績としては認められそうもないという厳しい現実の壁にぶつかってしまったと感じたからだ。
  日本に比べればアメリカのアカデミズムの世界はずっと開かれている。だが、長老や大家たちの権威や年齢による序列が幅を利かす世界だ。キャサリンが愕然とするだけの理由があるのだ。

  翌朝、ハロルドが駆けつけてきた。そして、キャサリンが姉とともにニュウヨークに引っ越すことにしたと聞いて驚いた。
  「君は自分の才能を信じるべきだ。
  いろいろと調べた結果、この証明は正しそうだ。
  それに、あの証明には、ロバートの精神状態がまだ研究に耐えられた時期にはまだ公表されていなかった定理と方法が使われているんだ。君の世代でなければ、あの定理・方法を駆使することはできないはずだ。だから、あれは君の業績なんだ。
  それが証明できるのに、君は自分の道を諦めてニュウヨークに行ってしまうのかい」
  だが、キャサリンは、「もう、どうでもいいわ」と言い捨てて、姉の車に乗って出発してしまった。

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