演技方法と物語性 目次
映画は国際政治をどこまで描けるか
映像社会学の試み
地政学とは何か
映像物語の地政学的考察
■アラビアのロレンス
  3C政策と3B政策
  アラブの盟主・・・
  約束手形の乱発
■アメリカ軍産複合体とクーデタ
  US軍産複合体の焦燥
  海洋権力と通信網
  ヘゲモニーの重い代償

■地政学とは何か■

  さて、まずは《地政学: Geopolitik ( geopolitics ) 》とは何かを考えてみよう。
  語源的には、「地球や大地、地上環境」を意味する Geo と「政治学:Politik (politics) 」とが合成されたもので、用語の語感からすると地理的条件を読み込んだ政治学というイメイジが湧く。
  地政学の方法をごく単純化していうと、地理的構造・状況との連関において諸国家のあいだの軍事的・政治的力関係や個別国家の内部の軍事的構造や権力構造を解明する学術分野のことである。
  地理的構造・状況とは、特定の単数または複数の国家や政治体の地球上での位置・配置、政治や軍事活動の環境としての山岳や平野、河川、港湾、海洋などの地形・地勢、都市の配置や産業配置、人口分布などだ。

  こうした地理的条件が国家の防衛政策・戦略や戦力の配置、軍事産業の立地や軍港の配置などを規定することは言うまでもない。そのことは、近代国家の形成過程の当初から、各国の陸軍が平野や山岳地理の測量・探検を任務とし、海軍が海洋・海底地形島嶼配置などの測量や研究を任務としてきたことからも、明らかなとおりだ⇒関連記事

  たとえば、イングランドでに世界最初の国民国家が出現したことに関して、
  ヨーロッパの辺境だったブリテン島でいち早く16世紀に、軽武装ながら集権化が進んだイングランド王権国家=国民国家が出現したことは、有力弱小を問わず無数の君侯権力が隣接し合いながら足を引っ張り合っていたヨーロッパ大陸よりも、海洋によって隔てられていた地理的条件が有利にはたらいたとから、つまり軽武装の王権が地続きで隣接する王権・君侯による妨害や攻撃を受けにくかったから、とか、
  また、イングランドは海洋に囲まれ多数の港湾を備えた島にあって、南東部の商業都市ロンドンが中世晩期からのヨーロッパの商工業の中心地だったネーデルラントの対岸に位置していて、早くからそこの諸都市と商業的・産業的結びつき――通商関係――を持ち、さらにスカンディナヴィアから北西ドイツにいたるバルト海・北海貿易圏とも結びついていたことで、ヨーロッパ世界貿易の中心地の1つに成長する条件を獲得することができたから、
  さらに、島国でヨーロッパ大陸から海で隔てられていたため、王権国家は小規模の陸軍で域内の平和や統治をまかなうことができたうえに、艦隊(武装商船団)をいち早く組織して、海洋貿易でネーデルラントに次いで優位な地位を得ることができたから、
というような説明は、地政学の初歩である。
  してみれば、地政学が社会科学たりうるためには、地理学はもとより歴史学などとも結びついた総合的な学にならなければならないということになるだろう。


  ところで、地政学はナチス・ドイツの軍事政策――たとえば「ドイツ民族の生存圏レーベンスラウム」理論――によって援用されたことから、一時期、ナチスの膨張主義や軍備拡張を根拠づけた、怪しげな学問だという間違った先入観が生まれたこともあった。
  けれども実際には、ナチス・ドイツは一度たりとも地政学と真剣に向き合ったことがない。

  彼らが言ったのは、ヨーロッパ北西に位置し大西洋に浮かぶブリテンが海洋貿易を支配して覇権を築き上げ、他方、フランスが西部ヨーロッパの中心に広大な領土を擁したことから強力な陸軍力によって西ヨーロッパに覇を唱えて、海洋国家ブリテンと対抗しえたとすれば、中央ヨーロッパから東ヨーロッパにおよぶ地域の要部に位置するドイツがソヴィエト=ロシアの社会主義に対する防壁をなしながら東欧と南欧(バルカン半島)を支配する(衛星化、属国化)するのは根拠がある、という程度の「たわごと」でしかなかった。

  その意味では、ナチス・ドイツは「地政学の落ちこぼれ」で、ドイツの軍事的地位の保全や向上をはかるのに失敗したばかりか、短期決戦の準備しかしないで無謀にも長期の世界戦争に突入して国家に破滅的な被害をもたらすという結末を招いてしまった。地政学の理解にいかに乏しかったかの見本のような事例だ。
  もっとも、ヨーロッパ列強諸国家は、地政学的知見の断片を自らの勢力拡張やら侵略を正統化する理論的根拠や戦略の土台に据えてきたことは間違いのない事実だが。
  それを言えば、政治学も法学もまた、国家の支配者に媚を売る侍女の役割を長らく果たしてきたのであって、学問はすべからく支配者に仕える――尾を振り媚を売る――御用イデオロギーの時代を経験しているのだが。学術の土台を固めるまでは、スポンサーが必要だったということだ。

  まあ、理屈や御託を並べるよりも、実地に映画作品から諸国家や政治体、地域の軍事的・政治的環境やらを読み解いてみよう。

  ところで「映像社会学」とは、私の造語だが、カール・マンハイムの「知の社会学 Wissenssoziologie 」の方法を政治理論や社会理論ではなく、映像による物語や記録に適用したものだ。
  それは、映像が描き出した物語や事件から背景となる社会状況や歴史像を読み取り、それらが制作陣のどんな価値観や問題意識、方法論、認識枠組みからもたらされたものかを分析する知的な営為である。

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