演技方法と物語性 目次
映画は国際政治をどこまで描けるか
映像社会学の試み
地政学とは何か
映像物語の地政学的考察
■アラビアのロレンス
  3C政策と3B政策
  アラブの盟主・・・
  約束手形の乱発
■アメリカ軍産複合体とクーデタ
  US軍産複合体の焦燥
  海洋権力と通信網
  ヘゲモニーの重い代償

約束手形の乱発 ― のちの混乱の種をまく

  ところがブリテンの中東をめぐる長期戦略は実にいい加減だった――むしろ、戦略はなくご都合主義的な短期的見通しの連発で乗り切ろうとしていた。
  一方では、トゥルコの支配権が除去されたのちに、レヴァント・パレスティナ方面にブリテンの保護のもとにユダヤ人国家ないしはユダヤ人を含めた多民族国家を建設して、ブリテンのこの地域での権力の中継拠点にしようという目論見も、ブリテンの内部で動き出していた。
  これは、ブリテンが、メソポタミアではハーシム家、アラビアではサウド家、パレスティナではユダヤ人国家建設に肩入れするという、いずれは敵対や対立の原因となるような「矛盾した」3方面の政策を行き当たりばったりに取ったということを意味する。
  しかも、それぞれの支配地というか領土については、ブリテン側は明言を示さなかった。同じ担保をめぐって約束手形――弥縫策――を乱発したのだ。ブリテン側には、そんなに先まで見通す余裕がなかったのだろうし、しかもその一方では、いざとなれば各勢力のの不満を力で抑えるという過信もあったようだ。

  世界戦争が終結すれば、ブリテンの覇権の伝達経路が回復して、局地的な利害対立や紛争はどうにでもなる、力と利権誘導でねじ伏せることができるという傲慢不遜な、それゆえまた、いずれは地域の安定が崩れていかざるをえないような、いい加減な戦略、いや戦略の欠如ともいうべき状況ではないか。


  映画『アラビアのロレンス』では、こういうブリテン帝国当局の自分勝手で支離滅裂で、その場しのぎの戦略(の欠如)に悩みながら、それでもアラビアにおけるベドウィンの独立=反乱の正統性を自らに言い聞かせながら、サウド家を説得し、自らも武装蜂起に参加していくローレンスの、ディレンマに満ちた心情と行動が、巧みに描かれている。
  結局、戦争後の講和交渉で、大国・強国の利害調整・妥協の圧力に弾き飛ばされて、サウド家もハーシム家も約束の大半を反故にされてしまった。
  しかも、ブリテン当局の統制が十分効かないままにパレスティナではユダヤ人国家の形成が進むことになった。周囲のパレスティナの住民・民衆の既得権を踏みにじる形で。

  そして、こうして第2次世界戦争末期に一時的に高揚したかに見えたブリテンの中東での覇権は、30年を待たずに1930年代から急速に衰滅していく。力の空白は生じて、力と力の剥き出しの対抗と敵対の自己増殖の温床ができ上がっていく。
  現在のシリアやイラク、アラビア半島南部の無政府状態やISISの跋扈など、中東アラブ方面での地獄絵図の根源には、ブリテンの思い上がりと政策の混乱があったということになる。

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