何よりも圧倒的な映像的スペクタクルで諸勢力の対決・対抗のダイナミズムを描いた古典的傑作映画の1つに、『アラビアのロレンス』がある。
ところで、この作品の邦題では人名が「ロレンス」と表記されているが、実際の発音はカナ表記で「ローレンス」のほうが近いので、以下ではローレンスと表記する。
まず物語のあらすじを言っておくと、
第1次世界戦争の後半から終盤にかけての時期、エジプトに臨時派遣されていたブリテン陸軍少尉、トーマス・エドワード・ローレンスが諜報工作員としてアラビア・メソポタミア地域に派遣された。T.E.ローレンスは、オクスフォード大学ジーザス学寮で優秀な成績を達成した中東専門の考古学者だった。
ところが戦争が始まると、陸軍の嘱託でエジプト・アラビア方面の地図作成に関与した。まもなく、陸軍の命令でアラビアで反トゥルコ活動に携わることになった。彼の任務は、アラビアの有力者と部族指導者たちをトゥルコ帝国に対する蜂起=独立闘争に駆り立てることだった。
この戦争では、ブリテンはドイツ帝国と戦っていたので、ローレンスの工作は、ベドウィン諸族の反乱・独立闘争を呼び起こすことによって、ブリテンの敵国ドイツと同盟するトゥルコ帝国に深刻な打撃を与えて、帝国を分裂・解体に導こうとする戦略の一端を担っていた。
アラブ人びいきのローレンスは、アラビアや中東の族長や有力者を調略・説得して、彼らを反乱闘争に立ち上がらせる。
映像は、この工作をめぐるローレンスのアンビヴァレントな心理を描く。
ローレンスは、一方で心の底から、アラブ部族ベドウィンに深い人間的・文化的共感を寄せながら、彼らのトゥルコからの政治的独立を支持しする心理。ところが他方では、ブリテンの中東・インド洋地域での戦略――とりわけ原油資源への支配――のためにチェスの駒として彼らを冷酷に利用することになるという事情をも理解していた。
つまり彼の任務は、ブリテンの中東地域での政治的・軍事的覇権や経済的権益を守るために、共感を寄せるアラブの民衆に血を流させるための煽動だった。
この映像物語は、彼の精神の二重化と葛藤を、実に見事に描いている。
ローレンスはベドウィン諸族の独立欲求を巧みに誘導しながら、彼らをトゥルコ帝国に対する反乱とヒジャーズ鉄道への破壊工作に決起させた。この鉄道は、アラビア方面でのトゥルコ帝国の経済的権益や威信を保持するために不可欠の装置だったから、トゥルコはブリテン軍の要衝を攻撃することを諦めt、鉄道施設・沿線地帯の防衛に集中せざるをえなくなった。