演技方法と物語性 目次
映画は国際政治をどこまで描けるか
映像社会学の試み
地政学とは何か
映像物語の地政学的考察
■アラビアのロレンス
  3C政策と3B政策
  アラブの盟主・・・
  約束手形の乱発
■アメリカ軍産複合体とクーデタ
  US軍産複合体の焦燥
  海洋権力と通信網
  ヘゲモニーの重い代償

アラブの盟主をめぐる思惑

  ブリテンがそのため――トゥルコ帝国に対する反乱・独立闘争の担い手――に選んだチェスの駒の一方が、メソポタミアのベドウィンの1部族、ハーシム家で、反乱成功のあかつきには「カリフ」、すなわちイスラムの守護者としての太守(王侯)の地位を認める「約束」を結んだ。ハーシム家は、ベドウィンの覇者=指導者としての地位を狙っていたからだ。
  だが待て……ブリテン帝国を名目的に統べるイングランド王は、イングランド国教会の代表を兼務する立場であって、イスラム教の太守の地位に関してどうこうする立場にはない。では、どういうことか。それはつまり、ベドウィン族の首長ハーシム家がトゥルコから独立しても、ブリテンが保護する――宗主国のような支配者的地位を握る――立場を維持するという意味だ。

  ところが、ハーシム家の思惑を跳ね上がった思い上がりと難詰する名門勢力があった。その指導者は、イブン・サウド、つまりサウド家――のちのサウディ王家――だった。
  砂漠の民、ベドウィンと呼ばれる人びとは多くの部族に分かれていて、いくつもの首長(部族長)によって指導されていた。ハーシム家のフセインは、メソポタミア・アラビアではそれほどの威信や信望を獲得していなかったので、ベドウィン族の多くは――それまで同格だった1部族長が自分たちの上に立つ太守になることに不満を抱いたため――サウド家の側に結束し始めた。


  ここまでの情報作戦を指揮していたのは、ブリテン帝国の北アフリカの戦略拠点、カイロの総督政府だった。だが、カイロ政庁の状況判断としては、ハーシム家は太守としての適格性について疑わしいということになって、インドのカルカッタ総督府の指揮下で、中東方面での反乱の指導者としては、名望のあるサウド家がふさわしいという状況判断が優越してきた。
  ことは、世界貿易ならびに軍事上の戦略拠点をめぐるレジームをどうするかという問題なので、ブリテン本国植民地省の内部でも、また軍の内部でも派閥闘争や、利害墳丘があったようだ。しかも、対象地域はシリア、メソポタミア方面からアラビア半島全域におよぶ大きな広がりをもっていた。結局、その時点では、アラブ全体の盟主はサウド家に、メソポタミアの太守はハーシム家にという折衷案になった。
  という事情で、こういう方針の転換というか動揺があったものと見られる。
  いずれにせよ、ブリテンの国家と資本にとって、いずれが手駒として利用しやすく、またこの地域で多くの勢力の同意や妥協が得られやすいか、操作しやすいかという観点からの選別であって、ベドウィン諸族の自立に関する配慮は、見られなかった。

  ともかくこうして、サウド家を支援してベドウィン族全体を独立闘争に立ち上がらせる調略作戦が展開されることになった。その担い手が、オクスフォードで学位を取得した考古学者、ローレンスだった。ローレンスは彼自身としてベドウィンへの思い入れがあったので、内心、総督府や軍の目まぐるしい動揺や方針転換には苦々しい思いを抱いたかもしれない。少なくとも映画では、そのような心理が描かれているように思える。

前のページへ || 次のページへ |

総合サイトマップ
ジャンル
映像表現の方法
異端の挑戦
現代アメリカ社会
現代ヨーロッパ社会
ヨーロッパの歴史
アメリカの歴史
戦争史・軍事史
アジア/アフリカ
現代日本社会
日本の歴史と社会
ラテンアメリカ
地球環境と人類文明
芸術と社会
生物史・生命
人生についての省察
世界経済