迷宮のレンブラント 目次
原題
見どころ
あらすじ
贋作の「天才児」
父と息子
画商たちの陰謀
レンブラント作品の追跡
出会い
絵の具と方法論
下準備
画家と鑑定家
恋の火花
父の肖像
奔りだした…筋書き
逃避行
追い詰められたハリー
意外で皮肉な逆転劇
営利事業としての美術

意外で皮肉な逆転劇

  やがて、最期の検察側証人、イアン・イールの証言の番になった。
  なんと、イアンは、ハリーが「レンブラントの作品」を奪って逃げた直後の経緯の真実を語り始めたのだ。
  デイヴィスが銃と弾挿を拾って装填してから、いきなりヒガシを撃ち殺したのち、警察にはハリーの犯行として通報するよう強要したというのだ。イアンはデイヴィスに脅されて仕方なく、ハリーの犯行と見せかけるために口裏を合わせてきた、と弁明した。
  法廷は騒然とした。判事は法廷警備員にデイヴィスを捕縛させ、偽証・法廷侮辱の罪、ならびに公訴事件とは別件の殺人容疑者としての訴追を検察に求めた。ハリーの強盗殺人については取り下げを決定した。
  ハリーが絵を奪い出したことは、おそらく取引きをめぐる私的な紛糾の結果として、不問にされたようだ。
  こうして、突飛なできごとで、ドノヴァンは釈放された。

  だが、このできごとの一番の受益者は、ドノヴァンではなく、イアン・イールだった。
  この事件が呼び起こしたセンセイションで、レンブラントの「ある男の肖像」は世界的に有名な――マリエケを除く――鑑定士たちによって真作、しかも最高傑作と評価され、その発見から裁判にいたる経緯が世界中のメディアで大々的に報道された。
  話題は話題を呼び、その作品は数日後、有力な美術商企業主催のオークションに出展された。会場は入札参加者であふれ返っていた。片隅にはマリエケがいた。成り行きを見届けるために来たのだ。
  その絵を欲しがる愛好家や投機家筋は、競争相手に負けまいとどんどん金額を吊り上げていった。1000ポンドはあっというまに超えた。値段はどんどん吊り上げられ、ついに、なんと落札額は5千500万ポンドに達した。
  その大金がイアンの手許に転がり込んだ。彼のギャラリーには人があふれた。彼の名声とその画廊の経営規模は一挙に国際化し、その当時「金余り」状態にあった日本人たち(企業)とも提携が進み、憧れの東京の一等地に画廊を開設することになった。

  この大成功を祝うパーティが――たぶんロンドンで――盛大に催された、その当日、イアンの顧問弁護士が慌てて駆け込んできた。人ごみのなかで、高価なシャンペンを一杯引っかけて喉を潤したのち、弁護士はイアンに告げた。
「イアン、オークションの落札金額だが…。スペイン政府があの絵の本来の所有者としての権利を申し立てている。スペインの領土内で発見されたものだというんだ。国宝級 national treasure の美術品は、そもそも政府が発見者の農夫から買い上げ所有する権利をもつのさ」
  これまでの取引き契約はすべて無効になってしまった。
  イールは、まさに得意の絶頂から奈落の底に転落した。もとはといえば、エスパーニャ北部の海岸であの絵を農夫が発見するという筋書きは、イールが考え出したものだった。筋書きが図に当たったのはいいが、それが事実として独り歩きした結果、こうなってしまった。


  それからしばらくして、…。
  ハリー・ドノヴァンは、その発見者の農夫から招待され、レンタカーを農夫の家に乗り付けた。そこで、農夫はドノヴァンを抱擁し、握手した。そして、札束が入った袋を差し出した。
  「ぜひ、これを受け取ってくれ」
「こんなにもらっていいのかい」
「どうぞ、どうぞ。あなたの手紙のおかげで、私たちは大変な幸運を手に入れた。あの絵の発見者だということで、買い上げ金として政府が莫大な金額を払ってくれたんだ。5億ペセタだ。大半は教会に寄進した。残りのうち500万をぜひあなたに差し上げたい」
  大金の袋をもって車に乗り込んだハリーは、振り返って農夫に尋ねた。
「ところで、あの絵はどうなったんだい」
「もちろん、プラード美術館で展示していますよ」
  ハリーの手紙とは、彼がマリエケに託した封書だった。デイヴィスたちと取り交わした契約書をもって政府に申し出れば、発見者としての当然の権利として、幸運が舞い込む、と綴ってあった。
  ハリーは、亡き父を思い出しながら、半ば当惑した気分で、自分が描いた絵の不思議な運命を思った。自分がものした作品が、世界最高の美術館に展示されているのだ。どんな巨匠・天才も、存命中にプラードに展示されることはなかったのに。
  ハリーはミルトンに冗談で、「生きているうちに自分の作品をプラードに飾らせてみせるさ」と言った。それが、きわめて皮肉な巡り会わせで実現した。しかし、あれは「レンブラントの真作」で、ハリーの作品だとは認められていない。皮肉なものだ。
  でも、当分自分の作品に打ち込むための資金が手に入った。

  それからまもなく、…。
  セーヌ河畔のカフェテラスで、マリエケがコーヒーを飲んでいた。そこに突然ハリーがやって来て、絵を差し出した。
「教授、この作品は本物かい」 「まあ、ハリー」   と叫んで、マリエケはハリーに抱きつき、口づけした。
  ハリーが見せた絵は、マリエケの肖像画だった。
  マリエケは出来栄えを気に入った。で、言った。
「ハリー・ドノヴァンの真作 original ? でも、署名がないわね」   口づけを返しながら、ハリーはサインペンをポケットから引き抜き、横目で見ながらキャンヴァスの右下に「ドノヴァン」と書き入れた。

◆洒落たエンディング◆

  カメラはぐっと退いて、映像では親密なこのカップルがどんどん遠ざかり小さくなっていく空撮映像となる。すぐにカフェテラスの全体が見えるようになり、さらに映像は広角となってセーヌ川の対岸の中州=シテ島が画面の中心に据えられる。そして、ノートルダム・ド・パリの優美な姿が画面の中心になったところで、映像は静止する。聖堂の背後に濃緑の樹林が見える。
  実写映像は、少しずつ変化し、油絵筆の配色のタッチになっていく。と、いつのまにか、完全に油彩の風景画に置き換わってしまった。
  絵画が主人公の映画にふさわしい、洒落た終幕だ。

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