消えたフェルメールを探して 目次
盗まれた絵画を追って
見どころ
発端 絵画強奪事件
フェルメールの幻の名画
イザベラ・ステュアートと美術館
美術品探偵ハロルド・スミス
FBIが調べた関係者
ボストン・ヘラルドの事件記者
メディアの活用
ある美術史家の推理
「警備員の犯行」説
ヤングワースの申し出
ある絵画泥棒の提案
アイリッシュ・コネクション

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発端 絵画強奪事件

  1990年3月18日の未明、アメリカ合衆国マサチュウセッツ州ボストンにあるイザベラ・ステュアート・ガードナー美術館 ISGM に2人の警察官が駆けつけた。
  彼らは近隣で騒動があったという通報を受けたと言って、美術館の当直警備員を呼び出し館内に入った。ところが、いきなり警備員を縛り上げ地下室に閉じ込めると、館内を物色して13点の有名な絵画を盗み出した。犯行時間は、およそ1時間半。
  展示品目録は一般に公開されているから、作品を探す手間もかからないはずで、せいぜい30分もあれば、盗み出しには十分な時間だという。なのに、その何倍も時間をかけた。

  事件発覚後、捜査を開始したFBIは、手口が単純な割に、強盗2人が美術館内にとどまった時間が長すぎることに、大いに不審を抱いたという。
  美術館は是が非でも作品を取り戻したいということで、情報提供者や取り戻し協力者に対して、当初には100万ドル、その後500万ドルの懸賞金を提示した。にもかかわらず、事件から20年を経過しても、実行犯の容疑者はもとより、絵画の行方に関する手がかりはない、と公表されている。
  盗み出された絵画は、ドゥガの作品が5点、マネが1点、フリンクが1点、レンブラント3点、そしてフェルメールが1点。このなかでは。フェルメールの「合奏: The Concert / Het Concert 」が最も高価で、オークションに出せばあるいは日本円で数十億を超える値がつくかともいわれている。

フェルメールの幻の名画


フェルメール『合奏』
Johannes Vermeer, The Concert, theft from
Isabella Stewart Gardner Museum 1990

  フェルメールの「合奏」は1892年8月18日、イザベラの意を受けた代理人バーナード・ベレンスンによって、パリのオークションで5000ドルで落札した。もちろん、買い主については匿名だった。今に残されている作品数が数えるほどしかないフェルメールの作品は、いずれも珠玉の作品で、当時から蒐集家の間では高値で取り引きされていた。

  フェルメール作の名画「合奏」は、やや縦長の画面に若い女性2人と大柄な男性1人が合奏をしているところを描いた作品だ。
  画面のなかで、一番奥の女性は真横向きでチェンバロを演奏している。男性は後ろ姿で、おそらくリュートを演奏している。左の腰からは長い剣の鞘が垂れていて床に接している。優れた武人なのであろう――あるいは都市を防衛する民兵すなわち市民警護隊のメンバーであろうか。一番手前の女性は、やや斜めの正面向きで、楽譜と思われる紙片を見つめながら右手を肩よりも少し上にかざして、歌を唱っている。
  前景には、床に置かれたチェロがある。背景には絵が2枚あって、1枚は風景画で理想郷アルカディアを描いたものだろう。だが、もう1枚は、たぶん娼婦館の様子を描いてあるようだ。当時のネーデルラントでは、娼婦館は都市政府公認の業種で、ことさらに卑下すべき場所ではなかったという。

  それにしても古代に仮託された理想郷と生々しい現生(世俗)という多少的な風景画が並置されていることには、何らかの含意や暗喩があるのかもしれない。生き馬の目を抜くようなネーデルラントの商業都市の一角で、美しい音楽を合奏する――調和を生み出そうとする――3人の姿がある。

  絵画として描かれたこの空間には、チェンバロや声楽、リュートの音が響き渡っているはずなのに、なぜかしら「静謐」を感じさせる。フェルメールの絵画の多くには、画面に静謐が現れている。しかし、この絵画の画面には無音の静寂ではなく、美しい音楽、あるいは整然とした穏やかな音が響いている世界が切り取られている。

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